●1940年2月10日、ノース・カロライナ州ブラック・マウンテン生まれ。父親がピアニスト、母親がオルガン奏者という音楽的に恵まれた家庭に育ち、4歳でピアノを弾き始めた。9歳でワシントンD.C.に転居し本格的にクラシック・ピアノを学び、地元で行なわれたピアノ・コンテストで次点に。生まれ持った秀才で15歳にしてハワード大学に入り、ジャズも研究。18歳で学士号を獲得している。父親の逝去で7年間教職に就くほか、レストランなどでピアノを弾くが、’68年夏、ワシントンD.C.の慈善コンサートでの演奏がレス・マッキャンに認められ、アトランティック・レコードと契約するチャンスをつかんだ。’69年にデビュー・アルバム『ファースト・テイク』を発表すると、その中の〈愛は面影の中に〉が全米ポップ・チャートのナンバー・ワンに。次に『第2章』と『クワイエット・ファイア』で人気を押し上げた後、ダニー・ハサウェイとデュエットした『ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ』を’72年にリリース。アルバムが第15回グラミーの「レコード・オブ・ザ・イヤー」に輝くほか、収録曲の〈恋人は何処に〉が「最優秀ポップ・ヴォーカル賞」も獲得。さらに翌’73年には、『やさしく歌って』で再び「レコード・オブ・ザ・イヤー」を含むグラミーをダブル受賞。続く『愛のためいき』も大ヒットさせるなど、ソウルやブラック・ミュージック界にとどまらない、スケールの大きな女性歌手として世界的人気者になった。これら初期のレコーディングでは、ロン・カーター、エリック・ゲイル、チャック・レイニーらを起用。’75年の初来日公演にも、ゲイルのほかアンソニー・ジャクソンやラルフ・マクドナルドらを連れてきたことで、ジャズ・ファンの関心も集めた。’80年代に入ると、ダニー・ハサウェイに代わってピーボ・ブライソンとのデュエットによる『ライヴ・&モア』がヒット。’88年の『オアシス』のタイトル・ソングもR&Bチャートのトッパーに。これに前後した’85年と’89年には、日本のジャズ・フェスティヴァル「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」に出演してスタイリッシュな魅力を輝かせている。’90年以降現在まで、アルバムの数はなお少なくなるものの、’94年にアトランティック・レコード在籍’25年を記念した『ロバータ』をリリース。当店公演のほか日本のクラブへの出演やコンサート・ツアーで、ヒット・ソングの数々を歌い上げてきた。最新作はクリスマス・アルバムの『Holiday』(RSJ Records/海外盤)。最近の話題作には、高橋真理子の代表曲を英詞で歌った『フレンズ〜ロバータ・フラック・シングス・マリコタカハシ』(ビクターエンタテインメント)もある。’05年秋に、ニューヨークのブロンクスに「ロバータ・フラック・スクール・オブ・ミュージック」を開校、才能あふれる若手の育成にも心を傾けている。目下、ジョン・レノン&ポール・マッカートニー・ソングブックの録音中。ブルーノート東京に出演するのは、’07年4月以来、待望2年3ヵ月ぶり。オフィシャル・サイトは「http://robertaflack.com/」。
7/26sun.に公演初日を控えたロバータ・フラックから、
ファンの皆さんに向けて素敵なメッセージが届きました。
いかにも彼女らしい、粋で詩的な言葉遊び。
ロバータの音楽を愛する皆さんは・・・わかりますよね!
Hi everybody!
where is the love?
I feel like makin`love and ....I promise not to kill you softly,
so meet me at the Blue Note tonight, I celebrate my love for you ,
We`ll be back together again and I`ll remind you of the first time ever I saw your face....your love ...your love
Roberta Flack
