【スペシャル・インタビュー】石橋英子 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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【スペシャル・インタビュー】石橋英子

【スペシャル・インタビュー】石橋英子

物語のその先へ
----音楽で描く風景・人・時間

 シンガーソングライターとしての活動をはじめ、映画、舞台、展覧会などさまざまなフィールドで活動する石橋英子。アカデミー賞4部門ノミネートに沸く映画『ドライブ・マイ・カー』のサウンドトラックや新作『For McCoy』などの作品で聴けるあのシネマティックなサウンドはどうやって生まれるのだろう。初となるブルーノート東京公演に臨む彼女に作品、そしてライヴについて聞いた。

Interview & Text =Yasuo Murao

※アンコール公演に向けて、2022年3月初出のインタビュー記事を再掲載しました。

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 ----まず、『ドライブ・マイ・カー』のサントラについて伺います。曲のイメージをどんなふうに掴んでいったのでしょう。濱口竜介監督からは何かリクエストはありましたか?

「濱口監督との最初の話し合いで、監督から物語と観客の間に一定の距離を作る "風景のような音楽"を、というリクエストがあったんです。なので、登場人物の感情を追いかけるというより、原作や脚本を読んで言葉の背景にある風景をイメージして曲を考えていきました。たとえば、みさき(※三浦透子が演じるドライバー)がどういうところで生活して、車で移動している時にはどんな風景を見ているのか。登場人物が見ている風景を音楽にしようと思ったんです」

 ----『ドライブ・マイ・カー』は車の移動シーンが多く、車のスピード感が映画のリズムを生み出していました。そこでサントラのテンポが重要な役割を果たしていましたね。

「ドラムを中心にした音楽にしたいというのは、最初に濱口さんに伝えて、リズムから作っていきました。みさきさんは運転が上手で"重力を感じさせない"っていうセリフもありましたが、私自身は下手でガクダクさせてしまうんです(笑)。でも音楽では上手な運転を表現できたらと思って、コードやリズムの移り変わりを気持ち良く感じさせて、観客がみさきの車に乗っているような気分になれたらいいな、と思っていました」

 ----そういう滑らかさはサントラから伝わってきます。ドラムもブラシを使っていて軽やかで。

「ブラシは最初からイメージしていました。ドラムの山本達久さんは運転が上手なんですよ。彼の車に乗っていて心配したことは一度もない。そういう人にドラムをお願いできたのが、サントラがうまくいった理由のひとつですね」

 ----ストリングスの伸びやかな音色も印象的でした。

「ストリングスは波多野敦子さんに演奏していただきました。ストリングスは最初の段階で考えてなかったんです。でも曲ができた時に頭の中でストリングスが聞こえてきて、入れてみると意外なほど映像にあった。ギアチェンジを鍵盤やベース、ドラムで表現しているとしたら、ギアチェンジしたことによって変化する風がストリングス。そんなサウンドになった気がします」

 ----エンディングに使う曲として、濱口監督から物語と観客の距離を少しだけ近づける「歌のない歌もの」のような曲を作ってほしい、というリクエストもあったそうですね。

「それについては悩みました。監督としてそう思われる気持ちはわかるんですけど、音楽家の立場としては危険な試みというか。音楽で観客を物語に近づけるというのは、観客の心をコントロールする危険性をはらんでいる。そういうことは絶対にしたくなかったんです。それに映画音楽というのは、映像と組み合わさることで、音楽が流れていても観客が気付かないものが良いと思うんです。あえて聞かせるものじゃない。でも、後で映画を思い出す時に音楽が助けになったり、音楽を通じて物語を違う形で楽しめたり、観客を思考させるような音楽ならあってもいいと思っていて。そのバランスを考えるのが難しかったです」

 ----その結果、出来上がった曲は親しみやすいメロディでありながらドライさはキープされていて絶妙な味付けでした。

「そうだったらいいですね。アンビエントな曲だと観客との距離を取れるんですけど、構成やメロディがある曲でバランスを見つけるのが難しい。メモリの0と1の間で、さらに細かい調整をしていくというか。コードの中の音を少しでもずらしたらダメになってしまう。ハラハラしながら曲を作っていましたが、いったんメロディが思い浮かぶと、あとはスルスルとできました」

 ----サントラ盤では、音楽に映画で使われたさまざまな音が巧みに盛り込まれていて、石橋さんが音楽で表現したもうひとつの『ドライブ・マイ・カー』といった感じでしたね。

「録音の伊豆田廉明さんとミキサーの野村みきさんのおかげで車の音とかカセットの音とか映画で使われた音に臨場感があって、すごく良かったんです。それ自体が音楽みたいで、そういう音のおまけとしてサントラを作ったようなところがあったので野村さんにお願いして使わせていただきました」

 ----音楽に日常の音を取り入れるというアプローチは、石橋さんの最新作『For McCoy』でもやられていましたね。マッコイというのはアメリカのドラマ『LAW & ORDER』の登場人物だとか。

「数ヵ月にわたって、毎日『LAW & ORDER』を見ていた時期があったんです。マッコイさんは感情豊かでバイタリティがあって面白いキャラクターなんですけど、プライベートが一切明かされない。そういうキャラクターに昔から興味があるんですよ。それでマッコイさんの見えない日常を音楽ですくい取りたい、という妄想から生まれたアルバムなんです」

 ----アルバムは「I Can Feel Guilty About Anything, Pt. 1」「 I Can Feel Guilty About Anything, Pt. 2」という長い組曲と、「Ask Me How I Sleep At Night」という短い曲で構成されていますが、どんなふうに曲作りをしていったのでしょうか。

「〈I Can Feel Guilty About Anything〉は〈Ask Me How I Sleep At Night〉で使ったフレーズをちりばめながら、そこに別でセッションした音源や新たな音源をオーバーダビングしています。元になった〈Ask Me How I Sleep At Night〉は山本逹久さんが叩いたドラムを切り貼りして、そこに私が弾いたローズやジム(・オルーク)さんが弾いたベースをオーバーダビングしたものを、藤原大輔さんに送って演奏を遠隔で録音していただきました。だから、このアルバム用にはレコーディングしていないんです」

 ----作曲して演奏するのではなく、音を即興的に組み立てていく。そういうアプローチの面白さはどういうところですか?

「敢えて違う世界のものと思っていたものを掛け合わせた時に思いがけないものが生まれるんです。部屋には自分しかいないのに知らないものと対峙しているというか、自分が知らない世界と即興しているようなところが楽しいですね」

 ----サックス奏者の藤原大輔さんとは初顔合わせですが、どういった経緯で声をかけられたのでしょうか。

「以前ライヴを拝見したことがあって、藤原さんのサックスは透き通った綺麗な音だな、と思ったんです。私は藤原さんのことをよく知らなかったんですけど、藤原さんのピュアさが伝わってきた。そういうふうにサックスが聞こえてきたことってあんまりなかったんですよね。それで曲のメロディが浮かんだ時に、藤原さんにこのメロディを吹いていただけたら、私の中にはない藤原さんの真っ直ぐで純粋な部分がこの曲を助けてくれると思ったのです」

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 ----石橋さんの作品は、違う時間、違う場所で録音した音源を組み合わせながら、そこにひとつの物語性があり、固有の時間が流れている。そういうところが映画に通じるような気がします。

「音は全て物語を孕んでいると思っています。ただ音が面白いとかリズムが面白いというだけで聴けるものもありますけど、自分は映画を作りたいと思っていた時もあったので、音楽で映画のような世界を作りたいとどこか思っているのかもしれません」

 ----ブルーノート公演では『ドライブ・マイ・カー』と『For McCoy』の曲を中心に演奏されるそうですが、どんなステージになりそうですか?

「アルバムを再現する、ということは考えていません。今回、藤原大輔(テナーサックス、フルート) 松丸契(アルトサックス、フルート、クラリネット)、ジム・オルーク(ギター)、マーティ・ホロベック(ベース)、山本達久(ドラム)、そして、私(ピアノ、シンセ、フルート、ヴォーカル)という初めての編成でやるので、アルバムとは違った世界が表現できたらと思っています。そういう冒険ができるのがライヴの面白さだと思うので。たとえば『LAW & ORDER』や『ドライブ・マイ・カー』の先の物語が想像できたりすると素敵だなって思います」

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 ----今回、管楽器が2つ入るのが特徴ですね。

「自分の作品では、フルートやサックスなど管楽器をよく使っているんです。なので、管楽器を複数使ったアンサンブルをライヴでやってみたい、と前から考えていました。どんなアンサンブルにするのか、ライヴに向けて管楽器の二人といろいろ考えていきたいと思っています」

 ----ブルーノート東京での公演は初めてですが、何か楽しみにしていることはありますか?

「ジャズのライヴ・アルバムを聴くと、食器のガチャガチャした音が入っていたりするじゃないですか。そういうノイズって私には心地良いんです。リラックスして演奏できる。ライヴハウスだと、お客さんは遠慮して演奏中には食べないし、息をひそめてライヴを見ているから緊張するんですよ。ブルーノートは座って食事ができるので、ぜひ食べたり飲んだりしてもらって、ざわざわした中で演奏したいですね」

LIVE INFORMATION

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石橋英子 BAND SET
with ジム・オルーク、山本達久、マーティ・ホロベック、藤原大輔、松丸契 & ermhoi
"encore"


2022 8.8 mon.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/eiko-ishibashi/

<MEMBER>
石橋英子(ピアノ、シンセサイザー、フルート、ヴォーカル)
ジム・オルーク(ギター)
山本達久(ドラムス)
マーティ・ホロベック(ベース)
藤原大輔(テナーサックス、フルート)
松丸契(アルトサックス、フルート、クラリネット)
ermhoi(コーラス、シンセサイザー)


村尾泰郎(むらお・やすお)
音楽/映画ライター。1968 年生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーに。音楽や映画に関する記事を中心に、雑誌、アルバムのライナーノーツ、映画のパンフレットなどに寄稿している。

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