湯川れい子さんに聞くリサ・マリー・プレスリー | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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湯川れい子さんに聞くリサ・マリー・プレスリー

湯川れい子さんに聞くリサ・マリー・プレスリー

「やっぱり歌うことが好きなんでしょう、
自分の思いを音楽に託したいんですね」

リサ・マリーは最新作「ストーム&グレイス」で改めて自分の南部ルーツを見つめている。それは父エルヴィスから受け継ぐものの再検証でもあろう。そこで、日本で誰よりもプレスリー家を知る湯川れい子さんにお話を伺った。

─リサ・マリーの最新アルバムは南部ルーツへの回帰といった内容です。父親のエルヴィスをデビューまもなくから聞いている湯川さんが、彼の音楽の南部性を意識したのはいつ頃ですか?

57年のクリスマス・アルバムですね。大変セクシーなクリスマス・ソングなので、当時は不謹慎と言われたんですよ。非常にブルージーな歌で、それは黒人音楽から来ていて、「ああ、南部の人なんだ」と。ブルーズが出てきたのと同じ南部が背景にあるとわかったんです。そしてハリウッドで映画を作るようになってからも、「偉大なるかな神」や「至上の愛」といったアルバムを出して、彼のゴスペルへの回帰を知るんですね。それがエルヴィスをずっと支えていたと。悲しみも苦しみも、つまんない映画を作っている間のモチベーションを支えたのも、実は全部ゴスペルだったと知ったわけです

湯川れい子
リサ・マリーは常にエルヴィスの心の中にいた。
私たちにとって娘のような存在なの
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─エルヴィスにとって、一人娘の存在は?

彼の死を早めたのも、プリシラがリサ・マリーを連れて空手の教師と駆け落ちしたことから始まってますしね。世界でも最もセクシーな男として、ラスヴェガスで大ショウをやっている絶頂期の出来事ですから、自尊心はズタズタだったろうけど、口にも態度にも出せなかった。それが72年で、その頃は毎年ラスヴェガスに観に行ってました。エルヴィスは歌を作らなかったので、自分の心情にぴったりの歌に出会って、それを歌う。リチャード・ハリスの「マイ・ボーイ」は男の子の歌ですけど、「今僕は眠っている君を置いて出て行かねばならない、それがどんなに辛いことか」とぼろ泣きして歌うんです。その心情を思うと、客としてはどうしていいかわからないくらいで、本当に一緒に苦しかったです

─エルヴィスの心の中には常に娘がいたんですね。

はい。リサ・マリーは、常にエルヴィスといた娘なんです。そのリサがマイケル・ジャクソンと結婚。これは本当に驚きでした。結婚した翌年だったか、メンフィスの夏のメモリアルに2人で来たんです。コンサートに手をつないで出てきたら、ドームいっぱいに入っていたお客さんの中からブーイングが起きたんですよ。本当にびっくりしましたけど、やっぱり南部なんですね。あのリサ・マリーが黒人マイケルと結婚したのが気に入らない客がいたのね。でも、リサは本当に幸せそうで、あの頃、リサとマイケルが残した写真を見ると、たった2年間の結婚生活だったけど、すごく幸せだったんじゃないかなァ...と思います。心の傷をお互いにすごくわかり合えたのが、マイケルだったと思うの

エルヴィス・プレスリー

─離婚後も頻繁に連絡を取り合っていたそうです。

マイケルとレコーディングする話も一時あったんですけど、それは実現しなかった。03年にデビュー・アルバムを出して日本に来たことがあって、その時に初めてリサとゆっくり話をすることができたんです

─若くして結婚して2人の子育てをしていたという事情はあったにせよ、随分遅いデビューでした。

どうして今までレコーディングがうまくいかなかったの?、デビューできなかったのかを聞いたら、やっぱり周りがすごく気を使ってしまって、下手なことはできないというか、デビューするからにはどうするこうするという話の中で、いつも立ち消えになってしまうことが多かったと言ってましたね

─お金は必要ないですよね。それでも歌手として成功したいという気持ちは強くあるのでしょうか?

長年たくさんの新人歌手にインタヴューしましたが、プロモーションに自家用機で来たのは、リサが初めてですから(笑)。そういう意味では、まったく特殊な人なので。でも、やっぱり歌うことが好きなんでしょうね。今回もご主人のマイケル(・ロックウッド)がギターを弾いてますよね。ご主人と一緒に楽しみたいという気持ちも強いんじゃないかと勝手に想像しています(笑)

─どんな音楽をやりたいって言ってましたか?

自分で歌を作って歌いたいとは言っていましたね。自分が生きていくうえの表現としてね。あるいは、アメリカでは小学校で子どもたちにおとなしく座っていなさいと、精神安定剤のようなものを配るけど(*注意欠陥・多動性障害の子供に向精神薬リタリンが処方される)、それはおかしいとか、食べ物の中にいろんな薬品が入っていて、人間がどんどんおかしくなっていると議会でも証言したと言ってました。そういったことも含めて、自分が深く傷ついたり、思ったりすることを音楽に託して表現できたらいいと思うと言っていました

─ニュー・アルバムを聴いた感想は?

南部パンクみたいな感じで、おもしろいなと思いました

─Tボーン・バーネットのサウンドは独特ですからね。リサ・マリーは彼のプロデュースしたロバート・プラントとアリソン・クラウスのグラミー賞を獲った共演アルバムが好きだったそうです。

なるほどね。ロバート・プラントのアルバムを聞いて、いいなと思ったのはわかるような気がします

─彼女の南部ルーツが表れたアルバムですが、実際は母のプリシラとカリフォルニアで過ごした時間の方が多いんですよね?

ロサンゼルスの方がずっと長いです。でも、私がエルヴィスが死んで35年の一昨年にまたメンフィスに行ったんですが、グレースランドの門の前でミサみたいな集会をやるんです。そこにプリシラとリサ・マリーが出てきてスピーチをしたとき、「私はこの南部が本当に好き。育ったカリフォルニアよりも、ここメンフィスにいる方が落ち着く」と言っていましたね

─そして3年くらい前に英国に引っ越し、このアルバムの曲は南部から遠く離れた場所で書かれました。湯川さんは作詞家でもありますが、距離を置くことでかえって対象がよく見えるのでしょうか。

作家も歌い手もたぶん同じだと思いますが、どこまでいっても、他の人の歌を書いても、結局自分しか出てこないじゃないですか。自分の中にあるルーツしか引っ張り出せないというか。そういうところに回帰していくんでしょうね

─最近は結構ライヴをやっているみたいですね。

レコードの売上よりも、むしろライヴでどのくらい人に共感してもらえるか、本当に喜んでもらえるかに、彼女自身も比重をおいているんでしょうね

─最後に、湯川さんたち、エルヴィス・ファンにとって、リサ・マリーはどういう存在でしょう。

エルヴィスのファンはリサ・マリーを自分の子供のように、自分の人生の一部みたいに思っている人が多くって...。私もそうですけど。彼女に幸せになってほしいと思っているの。だからこそ、マイケルと結婚したとき、ブーイングをする人も出たんだと思います。マイケル・ファンでもある私はすごく嬉しかったですけど

photography = Great The Kabukicho [ portrait / reiko yukawa ]
interview & text = Tadashi Igarashi

Tボーン・バーネットが手がける新作『Storm & Grace』が話題

 STORM&GRACE, T-BONE, MICHAEL LOCKWOOD

 リサ・マリーは最新作『Storm & Grace』で、父がそうであったように、ブルーズやゴスペル、カントリーを産んだ南部の音楽に根ざすアーティストとしての自分の声を見つけた。オーガニックなサウンドで、ちょっとハスキーでくすんだトーンの声が感情をありのままに表現する赤裸々な歌詞をメランコリックを歌う。そんな魅力的なアルバムとなっている。

  その作品をプロデュースしたのが、グラミー賞とアカデミー賞の両方に輝く大物Tボーン・バーネットだ。エルヴィス・コステロから矢野顕子までの作品を手がけ、「オー・ブラザー」「クレイジー・ハート」5月日本公開の「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」といった映画の音楽を担当してきた。リサ・マリーはロバート・プラント&アリソン・クラウスのグラミー賞アルバム『レイジング・サンド』を聴いて以来、彼とのコラボを熱望していた。そのTボーンはリサの自作曲に感心して依頼を引き受けた。

 また、彼女のアーティストとしての成長には、来日にも同行する夫マイケル・ロックウッドの協力も見逃せない。エイミー・マンやフィオナ・アップルの作品への貢献で知られるギタリストでプロデューサーだ。数年前から夫妻は英国に住むが、リサ・マリーが新作でリチャード・ホウリーやエド・ハーコートなどの英国の優れたシンガー・ソングライターたちと共作したのには、英国のロックやポップにも通じるマイケルの存在があったのだ。

湯川れい子(ゆかわれいこ)
音楽評論家、DJ、作詞家と、様々なメディアで活躍。エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、マイケル・ジャクソン等、スーパー・スターと親交を持つその存在は日本のジャーナリストとして唯一無二。
五十嵐 正(いがらし・ただし)
音楽評論家/翻訳家。社会状況や歴史背景をふまえたロック評論から世界各国のフォークやワールド・ミュージックまでに健筆を奮う。著書『スプリングスティーンの歌うアメリカ』。訳書デイヴ・マーシュ『エルヴィス』他。

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