"歌うトランぺッター"が魅せる、ジャズの、ライヴの醍醐味 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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"歌うトランぺッター"が魅せる、ジャズの、ライヴの醍醐味

"歌うトランぺッター"が魅せる、ジャズの、ライヴの醍醐味

特集・歌うトランぺッター
"チェット・ベイカーの再来"、ティル・ブレナーと
フレッシュなニューカマー、アンドレア・モティス

2人の"歌うジャズ・トランペッター"が、相次いで公演を行なう。まず4月は、すでにジャズ・ファンに広く知られているドイツ人男性のティル・ブレナー。そして5月は、今回初めてブルーノート東京のステージに立つスペイン人女性のアンドレア・モティス。この性別も世代も国籍も異なる2人を結ぶキーワードは、チェット・ベイカーだ。

text = Toru Watanabe

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 昨年、チェット・ベイカーの伝記的映画『ブルーに生まれついて(原題:Born To Be Blue)』が日本で公開された。

 1950年代のチェット・ベイカーの音楽が描き出す心象風景は、まさに「青春」の色と匂いをたたえている。憂愁を含んだトランペットとヴォーカルは、どことなく脆さを感じさせるほど繊細で、だからこそ彼のレコードを聴くと、いつも胸が疼く。こんなチェット・ベイカーは、50年代中期にまばゆいまでの光を放ったものの、麻薬に溺れてしまい、青春の傷跡を晒し続けたまま、最期はオランダで客死した。

 1971年生まれのティル・ブレナーは、93年のデビュー当初から"チェット・ベイカーの再来"として注目を集め、2000年には『チャッティン・ウィズ・チェット』をリリースしている。最新テクノロジーの力を借りたチェットとの架空の共演セッションも含むトリビュート・アルバムだ。ティル・ブレナーの音楽は、チェット・ベイカーと違って、退廃の香りはしないが、愁いと潤いを帯びている。そしてチェットの音楽が深い夜の色(midnight blue)に近い濃紺や藍色だとしたら、ティルの音楽は群青色や浅葱色といった感じだが、ブルーな叙情性の美しさにおいては、ひけをとらない。だからティル・ブレナーのトランペット(曲によってはフリューゲルホルン)と歌は、傷ついた心を癒してくれる。

 ティル・ブレナーにとってブルーノート東京は馴染み深い場所で、僕も過去に彼のライヴを観たことがあるが、今回の公演にはかなり期待している。というのも、昨年リリースされた最新作『The Good Life』がすこぶる良い出来映えのアルバムだからだ。『The Good Life』は、フランク・シナトラやナット・キング・コールなどがレパートリーにしていたジャズ・スタンダードを主体としたアルバム。ティルは、全13曲のうち、7曲でトランペットと歌の両方を披露している。その歌声は、ますますまろやかさを増していて、とろけそうなほどメロウなトラックもある。もちろん、子供の頃からクラシックを通じて徹底的に鍛えたトランペットの演奏は、円熟の域に迫りつつある。今回は6人編成のバンドを率いてのステージだけに、音楽的贅沢さと"The Good Life"を味わわさせてくれるに違いない。

 ティル・ブレナーの音楽がブルーなら、アンドレア・モティスの音楽はグリーン。早春に芽吹いた若草のようなみずみずしく、目に鮮やかなグリーンである。アンドレアは、今年名門インパルスから初めてのソロ名義アルバム『エモーショナル・ダンス』をリリースし、全世界デビューを飾った。アンドレアは今年5月でようやく22歳になるが、7歳のときにバルセロナのサン・アンドレウ地区にある公立音楽学校に入学。ここで師事したジャズ・ベーシスト兼サックス奏者のジョアン・チャモロに才能を認められ、本国では14歳のときに『Joan Chamorro 』(2010)でレコード・デビューを飾っている。以来、彼女は、今回一緒に来日するジョアン・チャモロ・クインテットと共にレコーディングやライヴの経験を積み重ねてきた。よって若い割には豊富なキャリアの持ち主。もちろん、アンドレアも、チェット・ベイカーを敬愛している。

 『エモーショナル・ダンス』には、ビリー・ホリデイやヘレン・メリルなどで広く知られているジャズ・スタンダードとボサノヴァの名曲「想いあふれて」に加えて、カタルーニャ語で歌われているカヴァーが3曲、さらにはアンドレアのオリジナル曲も3曲含まれている。おそらくアンドレア自身は、バルセロナ出身だけにスペイン人というよりカタルーニャ人という意識の方が強いのだろう。しかもカタルーニャ語によるカヴァーのうちの一曲は、05年にバルセロナで結成され、地元で高い人気を誇るロック・バンド、エルス・アミクス・デ・レス・アルツの曲である。こんなアンドレアには、チェット・ベイカーに加えて、ノラ・ジョーンズのイメージも程度重ね合わせることができるだろう。ノラはジャズ・シンガー兼ピアニストである一方、アメリカーナ系のリトル・ウィリーズやフォーク・ロック系のプスンブーツでも活動しているのだから。とはいえ、アンドレアはあくまでもジャズに軸足を置いているし、しかも彼女は新しい世代のカタルーニャ人だ。

 グリーンのワンピース姿がまぶしい「ヒーズ・ファニー・ザット・ウェイ」のプロモーション・ヴィデオを見れば、誰もが認めるはずだが、アンドレアのトランペットと歌は、春の風のように軽やかにスウィングする。全盛期のチェット・ベイカーの音色とフレージングを思わせるトランペットもさることながら、童女のようなあどけなさと大人の女性らしさが同居したヴォーカルにも魅了される。しかも彼女の音楽はうららかで、「陽溜まりのジャズ」、あるいは「木漏れ日のジャズ」とでも呼びたくなる。5月のブルーノート東京のステージで、アンドレアは初夏の到来をひと足先に感じさせてくれるだろう。

 

Till Brönner
『The Good Life』

(Okeh Records / SonyMusic Masterworks)

 

アンドレア・モティス
『エモーショナル・ダンス』

(ユニバーサル ミュージック)
※2017 4.5発売予定

【INFORMATION】

TILL BRÖNNER
ティル・ブレナー
2017 4.23 sun. - 4.25 tue.
★ライヴとディナーのお得なセットプラン¥10,800(税サ込)
(ご予約はブルーノート東京HPからのWEB予約、およびお電話で)

>>公演詳細ページへ

The EXP Series #10
ANDREA MOTIS & JOAN CHAMORRO QUINTET
-EMOTIONAL DANCE-

The EXP Series #10
アンドレア・モティス & ジョアン・チャモロ・クインテット
-エモーショナル・ダンス-
2017 5.3 wed., 5.4 thu.

[The EXP Series]シーンを牽引していく可能性を秘めたアーティスト達をブルーノート東京が紹介していく企画 "The EXP Series"

>>公演詳細ページへ

渡辺亨(わたなべ・とおる)
音楽評論家。執筆活動に加えて、NHK-FM『世界の快適音楽セレクション』の選曲かつ出演。著書に『音楽の架け橋』。3月に『プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて』(DU BOOKS)を上梓。

ライヴでその醍醐味を体感!"歌うプレイヤー"たち

ギターやピアノの弾き語りは一般的だが、ジャズの場合、ヴォーカルまでこなす演奏者はあまり見ない。時代を遡ればルイ・アームストロングやチェット・ベイカー、現代ではグラミー受賞者のロイ・ハーグローヴ、そしてエスペランサ・スポルディングなど。歌うように楽器を操り、そして歌う...ジャズが持つクリエイティヴ性から生まれたスタイルとも言え、その醍醐味はライヴにこそ集約されている。

1.2.チェット・ベイカー『チェット・ベイカー・シングス』/ルイ・アームストロング『ハロー・ドーリー!』Photo courtesy of Universal Music  3.リチャード・ボナ  4.ロイ・ハーグローヴ  5.エスペランサ・スポルディング

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