【スペシャル・インタビュー】IVAN LINS

ブラジル音楽界屈指のメロディメイカー
イヴァン・リンスの偉大なるキャリアを紐解く
ブラジル・リオ生まれ、今年80歳とキャリア55周年を迎えた、MPBを代表するシンガー・ソングライター&キーボード・プレイヤー、イヴァン・リンス。その音楽性は長年、海外でも高く評価されている。9月の来日を前に、イヴァンがどれほどインターナショナルな音楽家であるか、最新のインタビューを通じて感じとっていただきたい。
interview & text = Jin Nakahara
ーー80歳、そしてキャリア55周年おめでとうございます。今日はあなたのキャリアを振り返りながら、忘れられないエピソード、出会った音楽家の思い出などを聞いていきます。
Ivan Lins(以下I):ハハハ、膨大な歴史になるね。ヴァモラ(=Let's Go)!
ーーでは、あなたが25歳の年、1970年からスタートします。エリス・レジーナが、あなたが作曲した「マダレーナ」を歌ってヒットし、あなたはファースト・アルバムを発表しました。
I:「マダレーナ」は私のキャリアの基礎となった曲だ。70年9月にリリースされ、ラジオでヒットしていた10月、私はソング・フェスティヴァルに出場して「オ・アモール・エ・オ・メウ・パイス」を歌い、入賞した。このフェスティヴァルが私にとって最初の、大観衆を前にしたライヴ・パフォーマンスだった。この曲もヒットして、それまで自分は作曲家であると認識していた私は期せずして、アーティストとしてのキャリアをスタートすることになった。
ーーその数年後、あなたのキャリアを決定づける出会いがありました。
I:そうだ。74年、私は作詞家のヴィートル・マルチンスとソングライティングのチームを作った。ヴィートルとの出会いが、私の音楽性を豊かに広げた。彼と共作した曲の中には、ラヴソングのように聞こえるけれど歌詞を通じて当時のブラジルの軍事政権を批判した曲も多い。直接的な批判ではなく、ユーモアや皮肉をこめた批判だ。
私が、いわゆるポップスターの座についたのが85年だ。初開催されたメガ・イヴェント「ロック・イン・リオ」に出演し、15万人のオーディエンスが私と一緒に歌った。感動的な体験だったよ。
ーーそうしたブラジルでのキャリアの一方、80年頃からあなたの音楽は、クインシー・ジョーンズを通じて海外でも広く知られるようになりました。クインシーとの出会いについて教えてください。
I:USAで活動していたパーカッション奏者のパウリーニョ・ダ・コスタが79年末、私のレコードをクインシー・ジョーンズに聴かせたらクインシーがとても気に入って、80年の1月、私に電話してきた。クインシーからの電話!とても驚いたよ。彼は私に、ぜひ一緒に仕事したいからUSAに来てくれと言うんだ。2週間後、私はUSAに行った。スタジオでジョージ・ベンソンが私の曲「ヂノラー・ヂノラー」と「ラヴ・ダンス」をレコーディングしていて『Give Me The Night』に収録された。パティ・オースティンにも初めて会い、彼女は「ジ・アイランド」をレコーディングした。クインシーも「ヴェラス」をインストゥルメンタルでレコーディングし、大勢の歌手やミュージシャンに私の音楽をレコメンドしてくれた。こうして私の海外での、作曲家としてのキャリアがスタートした。
ーーそして85年、あなたはデイヴ・グルーシンとリー・リトナーのアルバム『ハーレクィン』に参加しました。
I:このアルバムで自分の曲を歌い、彼らと一緒にJVCジャズ・フェスティヴァルに出演した。私のUSAでのパフォーマーとしてのキャリアがスタートした。グルーシン、リトナーとの共演はその後も続き、日本でも去年、ライヴを行なった。
ーー海外の大勢の歌手、ミュージシャンがあなたの楽曲をレコーディングし、あなたも大勢の人たちと共演してきました。中でも興味深かったのが、トランペッターのテレンス・ブランチャードがあなたの楽曲をあなたとの共演でレコーディングしたアルバム『The Heart Speaks』(95年)です。
I:オスカー・カストロネヴィスが「テレンス・ブランチャードが君の音楽の大ファンで、共演したがっている」と連絡してきて、私はロサンゼルスに向かい、レコーディングした。私にとって初めての、私の楽曲で埋め尽くされたインターナショナル・アルバムになった。とても思い出深い体験で、以来、テレンスとは今日まで親しい友人だ。
ーーテレンスと一緒に来日して、ブルーノート東京でライヴを行なったことも覚えてます。
I:とても楽しいライヴだった。あと今でも覚えてるのは、タワーレコードでのインタビューだ(注:公開インストア・イヴェント)。テレンスがとーっても早口の英語を話すんで、レポーターが焦って叫んだんだよ。"Please! Mr.Terence! Can you speak slowly!?"(笑)
ーー2000年、インターナショナルなトリビュート・アルバム『A Love Affair - The Music of Ivan Lins』が制作され、スティングがあなたの曲「She Walks This Earth(Soberana Rosa)」を歌って、グラミーの「Best Male Pop Performance」を受賞しました。スティングとの思い出は?
I:スティングは世界的なポップスターだから、私からは遠い人だと思っていたが。グラミー受賞の直後に彼がブラジルに来て、その時に初めて会ったんだ。スティングは私にとても感謝してくれた。彼は本当に温かい心の持ち主で、それ以来、何度も会っているよ。
ーー今世紀に入ってから、あなたはオランダのメトロポール・オーケストラ(2009年)、ドイツのSWRビッグバンド(2013年)、スイスのジョルジ・ロベール・ジャズ・オーケストラ(2024年)との共演アルバムを発表してきました。9月の来日でも、あなたがブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラにゲスト参加するライヴがあります。大編成のアンサンブルとの共演で歌うことは、通常のバンドとは異なる体験ですか?
I:世界的に高く評価されているメトロポール・オーケストラとの共演はとても魅力的で、魔法のような体験だった。編曲と指揮のヴィンス・メンドーサと共に私の楽曲をセレクトして、コンサートをライヴ録音し、スタジオでも録音した。これが私の初めての、オーケストラと共演したアルバムだ。今の3枚のほか、まだ発売されてないんだがフランクフルト・ビッグバンドと一緒に行なったコンサートのライヴ・アルバムもある。
ーー最後に、日本について聞きます。あなたは88年以来、何度も来日して、ブルーノート東京にも何度も出演してきました。欧米のオーディエンスと比較して、日本のオーディエンスには異なる印象がありますか?
I:これは私だけでなく、ホベルト・メネスカル、ジョイス・モレーノ、マルコス・ヴァーリなど、日本と縁の深いブラジルの音楽家の全員が感じ、言っていることだが、日本人の音楽の受け止め方、受け入れ方は、他の国々の人々にはない、スペシャルなものだ。欧米ではライヴ会場の雰囲気がノイジーなことも多いが、日本はとても静かで、私は寺院でライヴを行なっているような気持ちになる。日本人は情愛が深く、自分の心の奥底まで音楽を受け入れてくれる。そして曲が終わると熱く喝采してくれる。このダイナミズムは、他の国では感じられないことだよ。私は、日本で歌うことを愛して、愛して、愛している。
ーーそして今、開催中のブラジル国内での80歳記念のツアー・スケジュールの中に、日本でのライヴも入っています。
I:リズム・セクションのメンバーは、私のバンドに常に欠かせないテオ・リマ(ドラムス)をはじめ、ブラジルと同じだ。私の55年間の代表曲をたっぷり歌うよ。いつもそうだが、全力でね。日本のアミーゴの皆さん、ブルーノート東京で会いましょう!
LIVE INFORMATION
▶︎IVAN LINS "80th Anniversary Tour"
2025 9.10 wed., 9.11 thu., 9.12 fri. ブルーノート東京
2025 9.13 sat. KANAZAWA JAZZ STREET 2025
2025 9.14 sun. 高崎芸術劇場 スタジオシアター
<MEMBER>
イヴァン・リンス(ヴォーカル、キーボード)
ホスエ・ロペス(サックス)
フェルナンド・モンテイロ(ギター)
ネマ・アントゥヌス(ベース)
マルコ・ブリト(キーボード)
テオ・リマ(ドラムス)
▶︎BLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRA
directed by ERIC MIYASHIRO with special guest IVAN LINS
2025 9.9 tue. ブルーノート東京
<MEMBER>
エリック・ミヤシロ(トランペット、コンダクター)
イヴァン・リンス(ヴォーカル、キーボード)※スペシャル・ゲスト
本田雅人(サックス)
鈴木真明地(サックス)
小池修(サックス)
庵原良司(サックス)
鈴木圭(サックス)
吉澤達彦(トランペット)
具志堅創(トランペット)
山崎千裕(トランペット)
宮城力(トランペット)
中川英二郎(トロンボーン)
半田信英(トロンボーン)
藤村尚輝(トロンボーン)
小椋瑞季(トロンボーン)
宮本貴奈(ピアノ、キーボード)
川村竜(ベース)
川口千里(ドラムス)
- 中原 仁(なかはら・じん)
- 音楽プロデューサー、ラジオ番組制作者(J-WAVE「SAÚDE! SAUDADE..」)、選曲家。著書『ブラジリアン・ミュージック200』。ブラジルに50回近く通い、『Janeiro / 村田陽一 with イヴァン・リンス』(2010年リオ録音)のスーパーヴァイザーをつとめた。