【来日直前インタビュー】SULLIVAN FORTNER

Interview & text = Mitsutaka Nagira
Interpretation = Kyoko Maruyama
セシル・マクロリン・サルヴァントに不可欠なピアニスト
サリヴァン・フォートナーの魅力に迫る
セシル・マクロリン・サルヴァントの作品には、つねにサリヴァン・フォートナーのピアノが寄り添ってきた。グラミー受賞歴を誇るヴォーカリストにとって欠かせない存在であり、近年ではブラッド・メルドーやジュリアス・ロドリゲスなど、世代を超えた多くの音楽家がその才能に言及している。
フォートナーの演奏は、ビ・バップやモードからフリー、コンテンポラリー、さらにラグタイムやストライド、ブギウギまで、ジャズの長い歴史を背景に自在なスタイルを織り交ぜるのが特徴だ。伝統を踏まえながらも自然でしなやかなアプローチは、つねに新鮮な響きをもたらしている。
今回、ブルーノート東京で行われるセシル・マクロリン・サルヴァント公演に参加。さらにコットンクラブではソロ・ピアノ公演も予定しており、それぞれ異なる形で彼の音楽に触れることができる。そんな彼に話を聞いた。
----あなたの音楽には、100年に及ぶジャズの歴史が詰まっているように感じます。初めからそうした幅広いスタイルを目指していたわけではないと思いますが、その方向に進んだきっかけはありますか?
「まずは大学で出会った先生たちの影響が大きいです。オバーリン音楽院ではダン・ウォールに師事しました。彼はジョン・アバークロンビーやエディ・ゴメス、ジェレミー・スタイグらと演奏していた人で、現代ジャズ系の音楽に強かった。同時に、ビリー・ハート、ゲイリー・バーツ、マーカス・ベルグレイヴといったビ・バップやハード・バップに厳格な師匠たちにも学びました。その後、マンハッタン音楽院ではジェイソン・モランと出会い、彼がストライドピアノを強く勧めてくれました。ちょうどその頃、ロイ・ハーグローヴやステファン・ハリスとも演奏するようになって。ロイはビ・バップにとても情熱を持っていて、バリー・ハリスに師事するように勧めてくれたんです。つまり、4年間で現代的なジャズからビ・バップやハード・バップを学び、その後ストライドにも踏み込み、演奏でもそれを実践するようになっていった。
それから、セシル・マクロリン・サルヴァントとの共演も大きな転機でした。彼女は古い音楽の要素を現代的な文脈で再構築するのがとても上手で、彼女と演奏することで、自分もあらゆる音楽の伝統にもっと深く向き合いたいと思うようになったんです。クラシックからフラメンコ、キューバ音楽、アフリカ音楽に至るまで、セシルはさまざまなルーツにインスピレーションを得ていて、僕も彼女の影響でそうした音楽の伝統をリスペクトし、学ぶようになりました」
----ストライド・ピアノやラグタイムの魅力についてもう少し詳しく教えてください。
「ジェイソン・モランの授業では、〈このクラスではハービー・ハンコックもチック・コリアもキース・ジャレットもブラッド・メルドーもやらない〉と言われました(笑)。代わりに、ファッツ・ウォーラーやジェイムス・P・ジョンソン、スコット・ジョプリンなどの音楽を徹底的に学びました。この音楽からは、ピアノの音域をフルに使うこと、両手を独立して動かすこと、時間感覚の精度、基本的な和声感など多くを学びました。トライアド(3和音)やドミナントセブンス、メジャー6コードやマイナー6コードの解決など、ハーモニーの基礎がすごく身についた。
そして何よりも、この音楽にはアメリカの民俗的なリズム、ブルースのリズム、自分の先祖から受け継がれたリズムが詰まっていて、根っこの部分で自分を支えてくれるような力を感じるんです。フォーク音楽全般に言えることだけど、過去のことをよく知っていて、それをしっかり受け入れたうえで演奏することで、自分の音楽がより強くなる。僕はそれをとても大切にしています」
2023 6.27 CÉCILE McLORIN SALVANT DUO feat. SULLIVAN FORTNER @COTTON CLUB (Photo by Tsuneo Koga)
----あなたはソロ・ピアノに強いこだわりを持っていますよね。でも、すべてのジャズ・ピアニストがソロで演奏するわけではありません。むしろ、避ける人も多いと思います。ソロ・ピアノについて、あなたはどう考えていますか?
「ソロ・ピアノは、おそらくピアニストにとって最も自由な形態だと思います。でも、その自由には大きな責任が伴います。演奏中、すべてが露わになる。タイム感、メロディの理解、ハーモニーの動かし方、クリエイティヴィティの質――どれも隠すことができません。それをプレッシャーに感じてしまう人も多いと思います。"ベーシストにベースラインを任せて、ドラマーがリズムを担ってくれて、自分はその上で自由にプレイする方が楽だ"と思う人もいますよね。でも僕の場合、ソロ・ピアノを弾いていると、自然と"練習室"にいる気分になるんです。普段から一人で練習しているから、それをそのままステージに持って行くだけ。つまり"人前で練習している"ような感覚です。その考え方が、緊張を少し和らげてくれるんですよ。ソロ・ピアノに対して不安を感じるピアニストも多いけど、僕は"とにかくやってみてほしい"と思います。もし一人で演奏できるようになれば、誰とでも演奏できます。それくらい、ソロ・ピアノは音楽の力を鍛えるトレーニングになるし、楽しいものでもあります」
2016 1.26 ROY HARGROVE QUINTET @BLUE NOTE TOKYO(Photo by Tsuneo Koga)
----ロイ・ハーグローヴのバンドでは、あなたはジョン・バティステの後を継ぎました。そして、あなたは海野雅威にバトンを渡しましたよね。ロイはRHファクターやソウルクエリアンズなどでR&Bやヒップホップとも関わりながら、ビ・バップにも強いこだわりがありました。そんな彼のバンドでの経験は、あなたにとってどんな影響を与えましたか?
「ロイは僕にとって最も大きな影響を与えたミュージシャンの一人です。7年間彼のバンドに在籍していました。初めて東京に来たのも、ロイのバンドでの(2009年の)来日でした。あれが僕にとっての"初ロイ・ギグ"だったんです。ブルーノート東京、そして横浜のモーションブルー。懐かしいですね。彼のバンドでは、本当に多くのことを学びました。大きかったのは、"伴奏者としての在り方"ですね。ロイのバンドでは楽譜がありません。すべて耳で覚えるんです。僕自身、今リーダーバンドをやっていても、そのやり方を踏襲しています。楽譜なしで、全員が耳で覚える。そうすることで、音楽がより生きたものになると信じています。
それから、バラード。ロイのショウの中でバラードは非常に重要でした。彼はピアニストを選ぶとき、"どれだけバラードをうまく弾けるか"で選んでいたんじゃないかな。テクニックやスピードより、バラードの"歌わせ方"を重視していた。僕もそこでバラードを学びましたし、"歌詞の意味を理解すること"の大切さも学びました。音楽は、ただ音を出すことじゃない。そこには"意味"がある。そのことを、ロイのバンドで本当に教わったと思っています」
----セシル・マクロリン・サルヴァントとのデュオでは、譜面を使わず、セットリストもない状態でステージに立つことが多いですよね。さっき話していた「譜面を使わず耳で覚える」というロイ・ハーグローヴ・バンドの影響がそこにもあるのでしょうか?
「確実に影響はあります。セシルとのデュオでは、毎回が即興的です。彼女はステージに立ってから客席を見て、"今日はこれから始めようかしら"と言ってくる。それで僕に"あなたは何がやりたい?"って聞くんです。で、"じゃあこれやろうか"って言うと、"うーん、それはやめとこう。こっちにしない?"って(笑)。そういうやりとりをしながら、お互いにアイディアを出し合って進めていく。いわば"タッグチーム"のような感覚です。もちろん、時にはちゃんとセットリストがある時もあります。たとえば数日前に出演したニューポート・ジャズ・フェスティバルでは、セシルが事前に曲目を決めていました。でもそのあたりは彼女の気分次第ですし、僕たちはチームとしてその流れに乗っていくだけです」
2023 6.27 CÉCILE McLORIN SALVANT DUO feat. SULLIVAN FORTNER @COTTON CLUB (Photo by Tsuneo Koga)
----あなたの音楽には、偉大な先人たちの伝統への敬意が感じられますが、同時に、とても個性的で現代的な響きもあります。そのバランスは、どうやって取っているのでしょう?
「僕にとっては、それは矛盾するものじゃなくて、むしろ"同じこと"なんです。伝統を尊重する一番の方法は、自分自身であることだと思う。偉大なマスターたちは、僕たちに"選択肢"を与えてくれました。たとえば同じ曲をバド・パウエルが弾くのと、モンクが弾くのではまったく違うし、でもどちらにもその人らしい個性がある。マッコイ・タイナーが弾くのとチック・コリア、ハービー・ハンコックが弾くのでも全然違う。そうやって、同じ曲を通しても"自分の視点"を持つことが許されている。だから、伝統をただコピーするんじゃなくて、自分なりに取り入れて、自分のフィルターを通してアウトプットすること。これが一番のリスペクトなんじゃないかと思います。
最近、ヨーロッパでオスカー・ピーターソンのトリビュート公演をやったんです。ベースはジョン・クレイトン、ドラムはジェフ・ハミルトン。ジェフは実際にオスカーのバンドで5年間演奏していました。でも、彼らは僕にこう言ったんです。〈オスカーのフレーズをそのまま弾く必要はない。サリヴァンの視点でやってくれ。それが一番オスカーへの敬意になるんだ〉って」
2023 6.27 CÉCILE McLORIN SALVANT DUO feat. SULLIVAN FORTNER @COTTON CLUB (Photo by Tsuneo Koga)
----なるほど、それってジャズというジャンルに限らず、アート全般に共通する姿勢でしょうか?
「難しいところですね。でも、たとえばヨーロッパのクラシック音楽にも、そういう解釈の自由はあると思うんです。グレン・グールドがバッハを自分の解釈で弾いたように----その解釈に賛成するかは別として、あれは"彼のバッハ"だった。クラシックでも、"どのようにベートーヴェンを演奏するか"には解釈の幅がある。演奏者や指揮者の個性によって変わるものだし、それはそれで面白いと思います。
ただ、ジャズはもっと直接的に"自分の意見"が表に出るジャンル。というのも、ジャズでは演奏中に作曲をしているわけだから、それ自体がパーソナルなんですよね」
----つまり、ジャズは「即興=創作」が本質、ということですね。新しいものを生み出す時、それは"ゼロから"という感覚ですか?
「僕にとっては、完全なゼロからではないんです。つねに"加えていく"ことだと思っています。ジャズとクラシックの違いについて、僕はこう言ってます。〈クラシックでは、作曲が終わると演奏も終わる。でもジャズでは、作曲が終わったところから演奏が始まる〉と。
つまり、ジャズでは"既に書かれたもの"の上に、自分のアイディアや感覚を積み重ねていく。それがソロになり、アドリブになり、進化になっていく。だから、毎回の演奏が"編集"であり"追加"なんです」
LIVE INFORMATION
サリヴァン・フォートナー - piano solo -
2025 8.19 tue. COTTON CLUB
[1st] Open 5:00pm Start 6:00pm [2nd] Open 7:45pm Start 8:30pm
https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/sullivan-fortner/
<MEMBER>
サリヴァン・フォートナー(ピアノ)
セシル・マクロリン・サルヴァント・カルテット
with サリヴァン・フォートナー、ヤスシ・ナカムラ&カイル・プール
2025 8.20 wed., 8.21 thu., 8.22 fri. BLUE NOTE TOKYO
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/cecile-mclorin-salvant/
<MEMBER>
セシル・マクロリン・サルヴァント(ヴォーカル)
サリヴァン・フォートナー(ピアノ)
ヤスシ・ナカムラ(ベース)
カイル・プール(ドラムス)
- 柳樂光隆(なぎら・みつたか)
- 1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。DJ。昭和音楽大学非常勤講師。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集「100年のジャズを聴く」など。
https://note.com/elis_ragina/n/n488efe4981be
★このインタビューのフルver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/n0950ff1865e0