【来日直前インタビュー】TERRI LYNE CARRINGTON and CHRISTIE DASHIELL | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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【来日直前インタビュー】TERRI LYNE CARRINGTON and CHRISTIE DASHIELL

【来日直前インタビュー】TERRI LYNE CARRINGTON and CHRISTIE DASHIELL

Interview & text = Mitsutaka Nagira

Interpretation = Kyoko Maruyama

テリ・リン・キャリントンとクリスティー・ダシールが語る
『WE INSIST!』の普遍性と再解釈の意義

テリ・リン・キャリントンを「現代ジャズの最重要人物」と呼ぶことに、誰か異論はあるだろうか。

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特にジャズ教育の場において、性的平等を推し進めてきた功績は**あまりにも**偉大だ。バークリー音大内で「Berklee Institute of Jazz and Gender Justice」 を設立し、あらゆる人たちが安心して教育を受けられる環境を整備して、性差別やジェンダー平等について学ぶ環境を作っている。

また、セッションなどで演奏される定番曲の中に女性が作曲した曲があまりに少ない状況に対して、幅広い時代の女性ミュージシャンが作曲した楽曲を収集。それらを厳選し一冊にまとめて、2022年に『New Standards: 101 Lead Sheets By Women Composers』として出版。そして、そこに収録された楽曲を演奏したアルバム『New Standards Vol.1』でグラミー賞も獲得している。テリはさまざまなやり方で、女性が活動しやすい環境を地道に整備してきた。

そんなテリがマックス・ローチの名盤『WE INSIST!』の再解釈アルバムを発表した。

『WE INSIST!』は1960年に起きたシットイン運動の写真をアートワークに使ったことでも知られる名盤だ。ノースカロライナ州グリーンズボロで4人の大学生が学生食堂の白人専用席で座り込み運動(非暴力)を開始。それを機に全米の大学生の中に同調する動きが広がったが、排除しようとする白人暴徒が暴力をふるい、警官は白人の暴力を止めようとせず、黒人を次々と逮捕した。その動きに呼応したマックスは「Freedom Now Suite」を書き上げ、アルバムを制作。公民権運動時代を代表するアルバムとして、今も語り継がれている。

テリはその名盤を再解釈したのだ。2024年がマックス・ローチの生誕100年だったのも理由の一つだろうが、アルバムを聴く限り、今の時代に伝えたいメッセージがあると感じられる。若手ヴォーカリストのクリスティー・ダシールとの連名でのリリースだったことにも意味が感じられる。おそらく2025年屈指の名盤と評されるであろうこのアルバムについて、テリとクリスティーに話を聞いた。

――『WE INSIST! Max Roach's Freedom Now Suite』はあなたにとってどんな作品ですか?


テリ・リン・キャリントン:私は1965年生まれだから少し後だけど、60年にアルバムが出た時は大きな衝撃を与える作品だったはず。私も昔から「なんて力強いプロテスト・アルバムだろう」とずっと思っていて、時代はまさにこれを再解釈すべきタイミングなのではないかと感じた。残念なことに、当時歌われていたテーマや言葉は、今の時代にも十分通用する。「だとしたら、音楽を変えたらどうなるだろう。そうしたら言葉たちはまた違って聴こえるんじゃないだろうか?」と。

たとえば60年代に書かれた「Freedom Day」が歌っていた"黒人の自由"とは、人種的正義や公民権運動の時代に起きていた人種的平等のための運動を指していた。そして今もその闘いが続いているなかで、考えねばならない"いくつもの他の自由"が出てきている。だから「Freedom Day(Part 1)」をアレンジするにあたり、バラードに変え、曲の質感を変え、曲を聴いた人が"別の自由"のあり方を感じ取れるようにしてみたというわけ。

Terri Lyne Carrington & Christie Dashiell | Freedom Day (Part 1)

――最初に声をかけたのがクリスティーとのことですが、クリスティーのすばらしさについて聞かせてもらえますか?


テリ:"ブラック・エクスペリエンス(黒人の経験)"はアメリカ音楽のすべての土台。アメリカのポピュラー音楽のほとんどが、ブルース、ゴスペル、それに根差したブラック・エクスペリエンスから生まれている。それらも時代とともに進化し、今ではブルースやゴスペルが聴こえない音楽もあるけれど、ブルースやゴスペルを知らない人が作っている音楽というのは聴けばわかる。つまり、その土台はなくてはならない。ジャズを歌う時もそう。だから、このアルバムでは特にブルースの理解が欠かせない。というのも、当時の音楽の多くはブルースがベースになっていたから。加えて、感情を表現し、(原作の作詞を担当した)オスカー・ブラウンJr.が書いた言葉を、ブラック・アメリカの歴史を映し出しながらも、今の時代や文化や、ここからどこに向かっていくのかを指し示せる形で届ける力が必要だった。

それらすべてを体現してくれるのがクリスティーだったというわけ。多くの人にインスピレーションを与えた、あれほどの名盤を再解釈するのに、ありきたりなやり方ではやりたくなかった。ただアビー(・リンカーン)を真似て歌うんじゃない。でもスピリットは受け継ぐ。それって本当に難しい。自分らしくありながらも、すでに存在する偉大な何かのスピリットを守る。オリジナルを愛している大勢の人たちが聴いても、親しみやすさを感じさせる一方で、オリジナルを知らない人たちにも届き、「オリジナルを聴いてみようか」と思わせるほどのものであってほしい。その意味で、クリスティー以上の人はいなかった。彼女はそのすべてを満たしていた。

――先ほど歌詞を変えなかった話をされていましたが、『WE INSIST 2025!』は1960年のヴァージョンと比べて、カヴァーに関しては少なくともその原型が感じられるようなアレンジになっています。そして歌詞は忠実に残しています。そこにはどんな理由がありますか?


テリ:「Freedom Now Suite」は全5曲。しかも歌詞がある曲は3曲だけ。何かを再解釈する時、私は歌詞には手を加えないようにしている。基本的に曲が持つ本来の意図を尊重し、その上で周囲の要素を再構築する。そうすれば、同じストーリーでも違って聴こえる。だって物語は普遍的で、時代を超えるもので、1960年に歌われた愛も、シェイクスピアの時代に語られた愛も、本質は変わらない。言葉づかいが昔の方が大げさだったけど、感情は一緒。高校時代の英語の先生から、それを嫌というほど叩き込まれた。「人は変わらない。人の本質は変わらないものだ」とね。

私はメロディも変えたくない。そうせずとも、新鮮で新しいものにすることはできると思う。その代わりに今回やったのは、ポエトリーを加えた新曲を作るということ。その最たる例が「Freedom Is...」。今の時代、まさに私たちが向き合っているトピックを高らかに歌った曲。

――クリスティーは、今回オリジナルの歌詞をほぼ変えずに歌ってどうでしたか?


クリスティー・ダシール:テリとまったく同感。曲が持つテーマや歌詞は時代を超えるものであって、こんな重要な作品の歌詞には手を加えたくなかった。作曲家や作詞家の仕事に敬意を払い、尊重することがとても大事。

それでも、オリジナルの曲と十分に向き合ってきたから、自分なりに新しく、誠実で、正直な解釈で、アビー・リンカーンやマックス・ローチが当時目指していたスピリットをちゃんと捉える自信はあった。私のアプローチとしては、とにかく自分の声で、できる限り誠実に歌詞を歌うことだった。

でも唯一、フレージングに関してだけは現代的な感覚を取り入れようと思った。私はアビーより何世代も後の世代だから、歌に今の時代の影響が現れるのはごく自然なこと。そこは正直でいようと思った。そうすることで、歌詞やメロディにもちょっとした自由が加えられることになるわけだから。

Terri Lyne Carrington & Christie Dashiell | Driva'man


テリ:いま彼女が言ったフレージングという話は、リズムに繋がるとても重要な点。ちょっと話はズレちゃうけど、伝統的に曲を定義づけるのはメロディとハーモニーであって、リズムではなかった。ビバップのミュージシャンたちが、既存の曲をまったく違う形に変えたことで、全然違って聴こえるようになったことからも、それはわかると思う。ところがここ10〜15年で、ヒップホップの影響によって、リズムが曲を定義づける核になることが明らかになってきた。それで「著作権的にリズムも守られるべきだ」という動きになったわけで。だからクリスティーが「フレージングを変えた」と言ったのが、とても興味深いなと思う。同じメロディでも、フレージングを変えると、曲そのものが新しく聴こえてくるものだから。


クリスティー:フレージング次第で、歌詞の違う解釈や可能性を引き出せると思う。どこにビブラートをかけるか、その音をどう"掬い上げるか"、もしくは高めの音から入って、だんだん音の中心に落ち着かせていく......みたいな、ちょっとしたニュアンス。そういった部分が、私らしい自由な表現を加えられる一番いい場所だと思った。

BILL TERRI LYNE CARRINGTONの画像1

――リリース後、反響もあったと思います。2025年に『WE INSIST!』を取り上げるということは、どんな意味を持つ行為だったと思いますか?


テリ:肯定的な反響をたくさんもらい、多くの人に気に入ってもらえたことを考えると、今がその時だったんだと思う。だって、世の中には音楽に限らず、素晴らしい芸術作品がたくさん生み出されてきたわけで、それらを文化的な会話の中で、どう生かし続けるかというのが、すごく大事なこと。再活用によって、可能性は生まれる。言葉を再解釈するように、芸術も再解釈、再利用しなくちゃ。音楽のアレンジは、私がキャリアを通じてよくやってきたことだけど、アレンジにおいては、ただあるものを捨てるのではなく、「違う角度から見たらどう?」と考えてみた。このアルバムがおもしろいのは、マックス・ローチとオスカー・ブラウンJr.とアビー・リンカーンの素晴らしさを伝えている点。そして古くたって、いまも共感できるものなんだということを証明している点。

クリスティーも私も学校で教えているけれど、多くの子たちがアビー・リンカーンもマックス・ローチも知らない。オスカー・ブラウンJr.なんてなおさら。だから歴史を伝える時には、過去の出来事がいまも重要であることを示すことが必要になってくる。「感情や人間はいつの時代も変わらない」ものだから。

それこそが、まさに今回の再解釈プロジェクトだった。アーティストやその作品に宿る人間性は、昔のものであろうと、いまもそこにあって、十分意味があるんだということを証明できたのだと思う。

BILL TERRI LYNE CARRINGTONの画像2


クリスティー:人の音楽や人生は、その人の肉体が消えた後も、それを超えて生き続けるのだと思わされた。今回の作品を、また60年後、誰かが再解釈してくれるんじゃないかという気すらしてる。だって、人はいつも、その時代の空気や状況が感じられるような音楽を求めていると思うから。どれだけ言葉を交わしても語りきれないものはあるけれど、音楽なら言葉を超えられる。だからこそ、このアルバムに多くの人たちが夢中になってくれているんだと思う。今の時代、私たちが直面しているたくさんの重要なテーマに触れているから。


テリ:いまクリスティーが言ったことは、アンジェラ・デイヴィスがつねに言っていること。彼女は私の友人であり、バークリーで私が運営しているインスティテュートのアドバイザリー・メンバー。その彼女がいつも言っているのは「言葉にできないものを感じさせてくれるのが音楽だ」ってこと。そしてその先にあるのが、「人間は普遍的だ」ということ。

LIVE INFORMATION

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TERRI LYNE CARRINGTON: WE INSIST 2025!
featuring CHRISTIE DASHIELL


2025 8.6 wed., 8.7 thu., 8.8 fri.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/terri-lyne-carrington/

<MEMBER>
テリ・リン・キャリントン(ドラムス)

クリスティー・ダシール(ヴォーカル)
マシュー・スティーヴンス(ギター)

ラシャーン・カーター(ベース)
ミレーナ・カサド(トランペット)

クリスティアナ・ハント(ダンス、スポークンワーズ)

柳樂光隆(なぎら・みつたか)
1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。DJ。昭和音楽大学非常勤講師。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集「100年のジャズを聴く」など。
https://note.com/elis_ragina/n/n488efe4981be

★このインタビューのフルver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/n0e9f3ad425be

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