【来日直前インタビュー】BRANDON WOODY

Interview & text = Mitsutaka Nagira
Interpretation = Kyoko Maruyama
名門ブルーノートが世に送り出した新鋭トランペッター
ブランドン・ウッディが語るボルチモアとデビュー作
2025年、名門ブルーノートがリリースしたのは世界的には知名度のないトランぺットの新人だった。名前はブランドン・ウッディ。まだ26歳の新鋭だ。
その知名度の低さの理由は、彼の活動の拠点がNYでもLAでもシカゴでもなく、彼の地元ボルチモアだったこと。しかも地元の仲間たちと結成したグループでの活動を軸にしていた。デビュー作『For the Love of It All』も著名なゲストを起用せず、気心の知れた仲間たちとの録音だ。
しかし、その音楽を聴けば彼がブルーノートと契約する理由は一発でわかる。『For the Love of It All』で聴こえるのは、フレディ・ハバードやウディ・ショウに通じるパワフルで溌溂とした演奏から、アンブローズ・アキンムシーレにも通じる現代性までを兼ね備えたスタイル。このデビュー作にはジャズ・トランペットを聴く楽しさに満ちている。誰もがトランペットのスター候補が登場したと思うはずだ。
そんな才能あふれるブランドンだが、ローカルで活動していたこともあり、情報は少ない。そこでアルバムがリリースされ、ブルーノート東京での初来日公演が決まったいま、ブランドンのへの取材を行った。この才能がどんな歩みを経て開花したのか、そんな話を聞いている。
Perserverance Brandon Woody's UPENDO LIVE in Baltimore 2023
――『For the Love of It All』のコンセプトは何だったのでしょうか?
「このアルバムのコンセプトは、率直に言うと、"ありのままの自分たちでいること"、つまり"むき出しの自分たち"を表現すること。これは僕のファースト・アルバムだから、まずは正直で、生々しくて、自分という存在を誠実に伝えることがいちばん大事だった。自分がどこから来たのか、自分の街、家族、ルーツ......そういうすべてを伝えること。だって、みんなまだ僕のこと知らないでしょ。だからまずはそれを差し出すことから始めたかった。曲ひとつひとつが、自分の人生の一部だったり、自分が敬意を表したいものだったりするんだ」
From left: Brandon Woody, Troy Long, Quincy Phillips, Michael Saunders
Photo by Jamie Sandel
――ボルチモア出身の若いアーティストであるあなたが、ブルーノートと契約してワールド・リリースしているわけです。どうやって自分を"発見させた"のでしょうか?
「僕はとにかく音楽を磨き続けてきた。2018年に大学を辞めてボルチモアに戻ってから、自分の街でオーディエンスを育てたんだ。それがだんだん広がっていって、D.C.、フィラデルフィア、ニューヨークと広がっていった。
それにいろんな人とコラボレーションもした。たとえば2018年にはカルバン・クラインのインターナショナル・キャンペーンに参加して、音楽をライセンス提供したし、モデルをやった。そういう活動がファンベースの拡大に繋がったんだ。ファッション業界でも少し活動していて、音楽とファッションって結構近いところにあるから、自然な流れだしね。
Brandon on race, family and vulnerability | CK One | Calvin Klein
映画学校のプロジェクトにも関わったし、国際ブランドのために楽曲提供したこともある。ナイキ、サッカニー、エイム・レオン・ドレ、リーボックとも仕事した。パフォーマンスしたり、音楽を書いたり、番組にも出たり。ブルーノートから声がかかる前から、かなり多くのことをやってきたよ。たしかに、それが直接ブルーノートとの契約に繋がったとは限らないけど、すべては"正直な音楽をつくってきた結果"だと思う。一歩一歩、ゆっくりだけど着実に積み重ねてきた感じ。
ブルーノートは、向こうから連絡をくれたんだ。ここ4~5年くらいで、自分の名前はだんだん世界に広がっていってて、いろんなチャンスが舞い込んできた。彼らが僕に注目した理由のひとつは、"誰かになろうとしていないこと"だと思ってる。自分のままでいようとしている。それが特別だったんじゃないかな。NYっぽいプレイヤーになろうとか、LAのスタイルを真似しようとか、そういうことはしてない。どこにでもいる普通の町(ボルチモア)から出てきたやつが成功する――そういう物語が見たいんだと思う。僕は地元からすごく応援されてるし、ある意味"街を背負ってる"感覚がある。それってNYから来た誰かとは違うものだと思う。そもそもボルチモアは本当にすごい場所なんだよ。
Brandon Woody on "First Look" with Don Was of Blue Note Records
ボルチモアのミュージシャンには、ボルチモアのサウンドがある。僕自身も独自のスタイルを持ってるけど、やっぱりボルチモア出身の音がすると思う。やっぱり僕はボルチモアのミュージシャンがいちばん好きなんだ。世界でいちばん好きな街だし、最高のミュージシャンがここにいると思ってる。自分が育った場所だからっていうのはあるけど、自分の視点、自分の経験、自分を取り巻く環境があって、それが僕の音を作ってるんだ」
――来日公演はどんな感じになりそうですか?
「アルバムにはたくさんの音楽が詰まってるけど、それ以外にもまだまだ未発表の曲がたくさんある。ツアーでは、アルバム以外の曲もたくさん披露するつもり。初日はアルバムの曲をやるかもしれないし、次の日は全然違うセットになるかもしれない。何年もかけて育ててきた曲ばかりだから、演奏するのが楽しみ。そして日本に行くのが本当に楽しみ!とにかく日本での食事が楽しみだし、日本のアーティストのライヴも観たいし、買い物もしたい。ファッションも大好き。日本の文化に浸りたいと思ってる」
ブランドン・ウッディによる『For the Love of It All』全曲解説
【Never Gonna Run Away】
僕自身のマントラのような曲。ブラックとしての責任、ボルチモアのミュージシャンとしての責任――世界中を旅しても、地元で果たすべき責任からは逃れられない。それがこの曲のテーマ。そして、何かから逃げ出したいと思ったときでも、"逃げる"んじゃなくて、自分の足でちゃんと向き合って進むっていうこと。それが男としての姿勢なんじゃないかって。
【Beyond the Reach of Our Eyes】
神から授かった才能、祝福が、僕やバンドの仲間たちの手で音楽となり、自分たちの目の届かないような遠い場所にまで届いていく、ということをテーマにしてる。何年も前からそれを感じてたんだ。ベルリンの人から「あなたの曲を修士リサイタルで演奏してもいいですか?」ってメッセージが来たりして。だから、ある意味この曲のタイトル通り、"自分たちの目の届かないその先へ"。僕らの音楽は、どこまでも届いていく。音楽の力ってそういうもの。とくに正直に、自分たちのルーツを隠さず作った音楽だからこそ、そこまで行けると思うんだ。
【Wisdom - Terrace on St. Paul Street】
大学を辞めてボルチモアに戻ったときに住んでた初めてのアパートのことを歌ってる。マンハッタン音楽院を辞めて、奨学金も切られて、戻るしかなかった。ボロボロだったし、お金もなかったけど、そのアパートが自分にとってのスタートの場所だった。住所は1127 St. Paul Street。それが自分にとって大切な場所だったから、グッズにもその写真をプリントしてる。日本にもTシャツ持っていくと思うよ。その場所にいたことで、"知恵(Wisdom)"を得たっていう意味もある。 当時はめちゃくちゃ怖かったし、"終わったな"って思ってたけど、いま振り返ると、あれがあったからこそ今の自分があるのがわかる。だから「一見ネガティヴに思える出来事が、何年後かに意味を持つ」ってことを歌ってる曲でもある。
【Perseverance】
Perseverance(忍耐・踏ん張り)はタイトルの通り。人生で経験した困難をどう乗り越えたか。みんなが経験するような苦難。病気や貧困、飢え、政治の問題――あらゆる困難に対して、僕たちは生き抜くために"踏ん張る"必要がある。"この先には光がある"って信じて進む、そのマインドセットが大切なんだ。
【We Ota Benga】
オタ・ベンガは、僕にとってアメリカの黒人史の中で大きな存在。なのに、歴史の教科書には載っていない人。彼の人生は本当に悲惨なものだった。1920年代、彼は子どものころに捕まってブロンクス動物園に入れられた。チンパンジーと一緒に"展示"されたんだ。しかもそれが10年くらい続いた。そりゃ正気を保てなくなる。その後、彼はバージニア州リンチバーグのリハビリ施設に送られたけど、首吊り自殺したって言われてるし、殺された可能性もある。いずれにせよ、そういう歴史は語られないままなんだ。
だから僕は「We Ota Benga(私たちはオタ・ベンガ)」というタイトルにした。"彼をどうして忘れてしまったのか?""なぜ彼を敬わなかったのか?""なぜ助けられなかったのか?" "これからどうしたら同じことを繰り返さないようにできるか?"――そういう問いを投げかけたかった。だって、今も形を変えて、黒人の子どもたちは"見世物"にされてるような状況にある。現代のアメリカでも、違うかたちで似たようなことが起きている。だからこそ、"彼の名を忘れない"ことが大事なんだ。僕は高校時代、ボルチモア・スクール・フォー・ジ・アーツに通っていて、ダンカン・エヴァンズっていう素晴らしい歴史教師に出会った。彼は教科書からは省かれている歴史をたくさん教えてくれた。その体験が、自分に大きな影響を与えている。だから大学に入ってからも"オタ・ベンガのことを書かないと"と思った。彼の人生の始まりから終わりまでを音楽で描く――それがこの曲のコンセプト。最初は美しくて静かなメロディではじまり、途中から荒れていって、混乱して、最後はまた最初のメロディが戻ってくる。でも違うキー、違う状態でね。それは同じテーマだけど、彼が経験した変化を表しているんだ。
【Real Love】
アルバム最後の曲。これは僕たちがステージで"すべてをさらけ出した"曲。トラウマも、喜びも、疲労も、成功も、すべての感情が詰まってる。"愛には限界がない"という思想から生まれた曲だ。この曲には何の制限もない。僕たちがステージに立って一緒に演奏するのは、お互いを愛しているから。だから何の壁もない。演奏してる途中で、言葉にしなくても同じフレーズを同時に演奏しちゃうような、そんなシンクロが起きるこの曲は、僕たちの"本質"を証明する曲であり、僕たちのつながりを証明する曲でもある。愛があるからこそ、僕たちは人をつなげられる。音楽によって、年齢、人種、経済的な背景を超えて、人々をひとつにできる。それが僕たちの原動力であり、音楽を続けていられる理由。このアルバムはそういう作品なんだ。
LIVE INFORMATION
BRANDON WOODY
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/brandon-woody/
<MEMBER>
ブランドン・ウッディ(トランペット)
トロイ・ロング(ピアノ)
マイケル・ソーンダース(ベース)
クインシー・フィリップス(ドラムス)
- 柳樂光隆(なぎら・みつたか)
- 1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。DJ。昭和音楽大学非常勤講師。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集「100年のジャズを聴く」など。
https://note.com/elis_ragina/n/n488efe4981be
★このインタビューのフルver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/n8fb823b07f6c
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