【来日直前インタビュー】BILL LAURANCE | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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【来日直前インタビュー】BILL LAURANCE

【来日直前インタビュー】BILL LAURANCE

Interview & text = Mitsutaka Nagira

Interpretation = Hitomi Watase

ビル・ローレンスが求める"音の真実"
マイケル・リーグとのコラボ・プロジェクトを語る

スナーキー・パピーのリーダー兼ベーシストのマイケル・リーグと鍵盤奏者のビル・ローレンスがデュオでリリースしたふたつの作品はとても美しいものだった。

ふたりの音楽はグルーヴにあふれアグレッシヴな即興演奏が頻出するスナーキー・パピーの華やかな音楽とは手触りの異なる穏やかで柔らかいものだが、だからこそスナーキー・パピーの時にはアピールできなかったふたりの音楽的な幅広さをたっぷり味わえるものになっていた。

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そんなデュオ・プロジェクトをついに日本で観ることができる。6月にスナーキー・パピーも来日するが、ビル・ローレンスは不参加。彼の演奏が聴ける貴重な機会になる。

ここではビル・ローレンスにこのプロジェクトについて語ってもらった。ブルーノート東京での来日公演への期待が膨らむ話をたっぷりしてくれた。

BILL LAURANCEの画像1


――あなたとマイケル・リーグのコラボレーション・プロジェクトはどんな経緯で始まったのでしょうか?


「僕たちはコロナ禍に何本かライヴを行っていたんです。ちょうどイタリアのロックダウンが一時的に緩和されたタイミングで、現地では小規模な編成のバンドをブッキングしようとしていて、それでマイケルとデュオ編成のツアーをやってみようということになって。イタリアをまわりながら、僕たちそれぞれのプロジェクトで書いた曲や、いくつかのカバー曲を演奏するツアーでした。それが本当に楽しくて。マイケルはそのツアーでウードやベースを演奏していて、"じゃあ、この編成のために曲を書いてみよう"と思うようになり、それで生まれたのが『Where You Wish You Were』という作品なんです」

――パンデミックがきっかけなんですね。

「僕らはあれほど反響を呼ぶとは正直思っていなかったので、興味深いなと思いました。あのアルバムが心に響いた理由を考えると、シンプルさと空間の美しさがあると思うんです。いま世界中は情報過多の時代じゃないですか。だからこそ、多くの人が無意識に静けさや穏やかさを求めている。僕自身もそうで、心のどこかで"平穏"や"静寂"を強く欲しています。そういう意味では知らず知らずのうちに、この時代に必要とされていた感覚を作品の中で表現できたのかもしれません。

続いて制作したのが、『Keeping Company』です。この作品ではそれぞれの音楽的な個性をさらに発展させました。たとえばソウル・ジャズ的な要素や、レゲエ的なニュアンスも取り入れています。マイケルの楽器がフレットレスなので、歌うような表現力が豊かなんですね。それがメロディをよりリリカルでエモーショナルにしてくれた。僕らはそこをさらに探求しました。

僕たちはもう20年以上のつきあいで、ずっと友人であり、一緒に音楽を作ってきました。だからこそ、お互いのことを本当に深く理解している。演奏の中でもふたりのケミストリーや対話が何よりも重要なんです。つねに"その瞬間に何かを生み出す"ことを目指しながらも、とにかく一緒に楽しむこと」

Bill Laurance and Michael League - Katerina

――「楽しむ」ですか。

「僕たちができることを、できる形で楽しみながらやっていく――そこにはいつも喜び(joy)がなければならないと思っています。スナーキー・パピーからは、音楽を作ること自体に対する喜びのようなものがつねに感じられます。それは、最終的にゴスペルの伝統にルーツがあると思っていて、スナーキーの音楽をたどっていくと、結局ゴスペル由来の喜びに行き着く。

同時に、スナーキーの音楽には細部へのこだわりも強くあって、それはやはり、メンバーの多くが通っていたノース・テキサス大学のジャズ科での学びによるものだと思います。この大学は5年制のジャズ課程があるほど本格的で、彼らは本当に深く音楽を理解しているんです。だから非常に精緻なアレンジや演奏がありながらも、それがつねに"喜びの視点"から行われているのが、スナーキー・パピーの音楽の魅力なんです。僕とマイケルはそこを大切にしています」

Bill Laurance and Michael League: Kin (Live Version)


――マイケルがさまざまな楽器を演奏しているのも魅力ですよね。


「マイケルはすでにウードを演奏していましたし、それを自分で持ち込みました。彼は子どもの頃からあの楽器に特別な親和性(affinity)を持っていて、ずっと興味を持っていたと思います。僕たちはふたりともある意味で音楽学者(musicologist)的な性格を持っていて、新しい文化を知ることに強く関心があるんです。僕にとって、音楽家であることの美しさは、他の文化を発見するチャンスを得られることにあると思っています。音楽自体は、ある意味その"副産物"なんです。本当に興味があるのは、他の文化がどうやってコミュニケーションしているのか、何が心に響くのか、なぜそうなのかということ。マイケルもその感覚を共有していると思います。だからこそ僕たちはジャンルや文化の壁を取り払うことに興味があって、音楽というのは異なる文化をつなぐための機会や手段であると考えているんです。

以前、スティーヴィー・ワンダーに会ったとき、"何か人生の知恵を教えてください"とお願いしたら、彼はこう言いました――〈私たちは社会の"接着剤"なんだ。愛と団結をこの世界にもたらすことが、アーティストとしての役割であり責任なんだよ〉と。この言葉はいまでも心に深く残っています。だから僕は、アーティストの務めとは、そうした価値を讃え広げることだと信じています。

マイケルとのプロジェクトもまさにその延長線上にあります。彼のウードだけでなく、ベースもフレットレスなので、そこから生まれる音楽の世界はまったく新しい次元を切り開いてくれます。このデュオには、一生かけても作り尽くせないほどの音楽的可能性があると感じています。適用できるリズム、探求できるハーモニー。可能性は無限大です。僕たちはふたりともとても好奇心が強いので、その姿勢こそがこのプロジェクトを成り立たせている要因のひとつだと思います」

Bill Laurance & Michael League - How Does It Feel

――フレットレスの楽器を念頭に置いて書いた曲はありますか?

「もちろん。ツアーを一緒に回ったことで、マイケルのフレットレス楽器による表現の幅を知ることができたので、その音の質感を強く意識して作曲しました。彼の演奏スタイルや個性も踏まえながら書いた部分が多いですね。彼のスタイルはとてもユニークで、"正統派ウード奏者"になろうとしているわけではなく、あくまで"マイケル・リーグとしてウードを弾く"というアプローチなんです。そのおかげで、彼の音にはとても独自性があり、時にはブルースのテクニックをウードに応用しているように聞こえることもあります。ああいう演奏はあまり耳にしないので、本当に面白い。

他にも使っていたのがンゴニです。たとえば〈Ngoni Baby〉という曲は、マイケルがンゴニで弾いたリフを送ってくれて、それを受け取った僕が作曲しました。この2枚のアルバムを通して、僕たちは共同的な形で作曲してきました。どちらかがアイデアの種を提供し、それをもう一方が発展させることもあれば、それぞれが最初から完成形の楽曲を持ち寄ることもありました。つまり、作曲においてもコラボレーションが行われていたんです」


――フレットレスの楽器ってマイクロトーン(微分音)を出せるのが特徴です。一方でピアノは厳密に調律・設計された楽器で、マイクロトーンを出すことは不可能です。そうした正反対の特性を持つ楽器同士の組み合わせであることは意識していましたか?

「マイケルがマイクロトーンを演奏したときに、"それ、僕には出せないんだよ!"ってことがよくあります(笑)。僕はふたつの音を同時に押さえて、なんとかそれっぽいニュアンスを出そうとしますが。じつはピアノで一番もどかしく感じる点はそこなんですよね。ピアノは好きなんだけど、そこにだけは注文をつけたくなる。最近は、"ピッチベンドができるピアノを設計できないか"と考えているほど。それくらいピアノは音の幅に限界があるんです。音は"ここ"か"ここ"であって、その中間がない。フレットレスの楽器って、その中間が無限に存在するわけで、それが圧倒的な表現力につながっている。なのでフラストレーションもあります。でも、逆にそれこそがこのプロジェクトを成立させている要素でもあると思っています。固定された音階を持つ楽器(ピアノ)と、揺らぎを持つ楽器(フレットレス)の組み合わせ――この対照性があるからこその魅力が生まれているんです」

BILL LAURANCEの画像2
2017. 6.12 Bill Laurance @COTTON CLUB (Photo by Y.Yoneda)


――このデュオでの2枚のアルバムは、録音もミックスもナチュラルですよね。裸に近い録音だと思います。その意図について教えてもらえますか?


「自分たちがやっていることをありのままに、オーガニックに記録したいという思いがあったからです。そして今回もやはり、ニック・ハード(スナーキー・パピーのレコーディング・エンジニア)の存在が非常に大きかった。2枚目のアルバムを録るときに彼が言ったんです。〈今回はオーバーダブ禁止。一切やらない。全部ライヴテイクで録音する。できる限り美しく仕上げるけれど、その場での演奏をそのまま記録するんだ〉って。僕らも全面的に同意しましたし、彼の判断は正しかったと思います。
実際、ポストプロダクションはほとんど行っていません。それは今の自分の方向性を強く示しているとも感じています。もうしばらくはポストプロダクションの多用に戻ることはないだろうな。なぜなら楽器そのものが持つ響きや真実に惹かれているから。その"音の真実"こそが、自分が探し続けている源(source)なんだと思います。そして、そこにこそ向かいたいと考えています」


Bill Laurance and Michael League: Sant Esteve (Live Version)

――では最後に。スナーキー・パピーのメンバーがスナーキー以外のプロジェクトで演奏する機会は日本では非常に貴重なので、ファンの方々もとても楽しみにしていると思います。このデュオでの来日公演がどのようなものなると思いますか?


「スナーキー・パピーとはまったく逆のダイナミックなスペクトラムの"端"にあるようなライヴになると思います。その分、すごく親密で繊細な対話があります。それがこのプロジェクトの本質です。このデュオでは、何よりもふたりのケミストリー=その場での会話のようなやり取りが中心になっています。そして作曲だけでなく、演奏でも"そぎ落とされたプレイ"や"引き算の美学"を意識しています。その結果、楽曲や演奏はどこか"むき出し"のような、脆さを感じるものになっています。

これまでの公演でも、お客さんの反応に圧倒されてきました。ステージ上にはふたりしかいないぶん、観客との距離が非常に近く、まるで観客も演奏の一部になっているような感覚が生まれるんです。このプロジェクトで演奏するたびに、自分でもとてもディープな体験だと感じます。同時に"その瞬間に新しいものを創り出すこと"を目指しながら、音楽を楽しむこと、喜びを共有することを大事にしています。それは東京公演でもきっと伝わると思います」

Bill Laurance and Michael League - You

LIVE INFORMATION

BILL LAURANCE の公演バナー画像

BILL LAURANCE & MICHAEL LEAGUE
2025 6.6 fri., 6.7 sat.
6.6 fri.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
6.7 sat.
[1st]Open3:30pm Start4:30pm [2nd]Open6:30pm Start7:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/bill-laurance/

<MEMBER>
ビル・ローレンス(ピアノ)

マイケル・リーグ(ウード、フレットレスベース、ヴォーカル)

柳樂光隆(なぎら・みつたか)
1979年、島根県出雲市生まれ。音楽評論家。DJ。昭和音楽大学非常勤講師。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集「100年のジャズを聴く」など。
https://note.com/elis_ragina/n/n488efe4981be

★このインタビューのフルver.はnoteに掲載
https://note.com/elis_ragina/n/ne1438f964c66

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