【スペシャル・インタビュー】松丸契 〈前編〉 | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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【スペシャル・インタビュー】松丸契 〈前編〉

【スペシャル・インタビュー】松丸契 〈前編〉

ソロ・デビュー作から2年
新作をリリースするサックス奏者、松丸契を読み解く

 サックス奏者/作曲家の松丸契が、自身の名義では2年ぶり2枚目となるニュー・アルバム『The Moon, Its Recollections Abstracted』を10月19日(水)にリリースする。SMTKやm°feなどのバンド活動から大友良英や菊地成孔、Dos Monos、浦上想起ら多種多様なミュージシャンとの共演、さらにソロでの継続的なライヴを行うなど、このところ八面六臂の活躍をみせる松丸。10月17日(月)にはアルバム参加メンバーでのリリース・ライヴを丸の内コットンクラブで開催する。

Interview & Text = Narushi Hosoda
Photo = Kana Tarumi

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 完成したセカンド・アルバムでは、前作から引き続き石井彰(p)、金澤英明(b)、石若駿(ds)らBoysのメンバーのほか、ゲストとして映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽でもあらためて注目を集めたシンガー・ソングライター、石橋英子が参加。エレクトロニクスや多重録音を駆使することによって、歌モノから実験的なノイズ~アンビエントを彷彿させるサウンドや高度な演奏技術に支えられたアンサンブルまで、豊富なアイデアが一貫したテイストのもとに詰め込まれた作品へと仕上がっている。前・後編の2回に分けてお届けするロング・インタビューの前編では、この2年間での松丸の変化やアルバム制作の経緯、さらには音楽家・石橋英子の魅力などについて語っていただいた。

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 --前作『Nothing Unspoken Under the Sun』から約2年経過しましたが、音楽活動で変化したと感じることなどはありますか?

「この2年間、前から交流があった人も初めて出会った人も、本当にいろいろな人といろいろな場所で演奏してきました。だからピンポイントに"ここが変化した"と言うには多すぎるかもしれないですね(笑)。ただ、曲作りに関してはずっと同じスタンスで続けています。基本的には一緒に演奏するメンバーを前提に、曲ごとに別々の作り方をしていて。今回も新しく作った曲に関しては、レコーディングの日を決めてからメンバーを想定して書いていきました」

 --新作『The Moon, Its Recollections Abstracted』の制作はいつ頃からスタートしたのでしょうか?

「ちょうど1年ぐらい前に"次の作品を作りましょう"とお話をいただいて、レコーディングの日を決めていきました。僕もそろそろ新しいアルバムを作りたいとは思っていて、言語化できないぼんやりとしたイメージみたいなものはあったんですね。それでそのイメージに合う曲を準備していったのですが、その中には実は3~4年前にすでに作っていた曲もあるんです。〈Let's start by going in circles / 堂々巡り〉と〈didactic / unavailing〉、〈春時雨〉の3曲です。思い描いていたイメージと合致する曲だったので、今回収録することにしました」

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 --器楽的でジャズの要素も強かった前作とは大きく内容が変わり、今作ではオブスキュアな電子音から歌モノまでさまざまなアイデアが詰め込まれています。

「前作はカルテットをベースにした表現だったのですが、今回はもっと自分がやっているいろんな活動を取り入れた作品にしたいという思いがありました。カルテットのほかにアコースティックな独奏のシリーズやエレクトロニクスを用いたソロ・セットをやったり、SMTKやm°feなどのバンド活動、それにさまざまなタイプのミュージシャンと一緒に演奏したりしてきたので、そこでの経験というか日頃からの活動を作品に落とし込みたかったというか。いちどアイデアを出し切ることで次に進めるんじゃないかと思ったんです」

 --前作やTHINKKAISM名義のデビュー作(2019年)ではほかの方も作曲していましたが、今回はすべて松丸さんがご自身で作曲しているのでしょうか?

 「そうです。すべて自分で作曲したアルバムという意味では初めての作品ですね」

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 --今作ではサックスの音色がグラデーションを描くように変化する箇所も印象的でした。こうした音色の変化は意識的に取り入れたものですか?

「いや、意識はしていませんでした。たしかにそうですね。おそらく、独奏のシリーズを重ねたからかもしれないです。独奏では90分間一人でサックスの即興演奏をやるんですが、一つのブレスの中で一つの音をどうやって変化させるかということにいつも集中して取り組んでいるんです。それを2020年から月1回ぐらいのペースでずっと続けていたので、その影響で自然と音色をそういうふうに変化させるようになったのかなと思います」

 --インタールードのように"回想録"と題した曲が2曲収録されていますが、そのうちの〈回想録 #1: resonation〉からは独奏に近い雰囲気も感じました。音の響き方も非常に独特で、まるで洞窟の中で演奏しているかのようです。

「実は〈回想録 #1: resonation〉ではピアノを共振材として使用したんです。グランドピアノとアップライトピアノを用意して、石若(駿)さんとレコーディング・エンジニアのアシスタントの方にダンパーペダルを踏んでもらい、弦を解放した状態のピアノの後ろで僕がサックスを吹く、という録り方をしました。さらにそこに後録りしたハーモニウムの音を重ねています。一般的なレコーディングだと、音を録ってからリバーブの加工を施しますよね。この曲も少し加工してはいるんですが、基本的にはアコースティックな生の感じが出したくて、それでピアノの反響・残響音を使用しました」

CC2022Matsumaru_image04.jpg2022 3.4 BLUE NOTE TOKYO 大友良英 Small Stone Ensemble (Photo by Tsuneo Koga)



 --前作と比べると今作では多重録音をはじめとしたポストプロダクションも一つの特徴になっています。

「そうですね。ほぼ全楽曲で音を重ねています。5曲目の〈春時雨〉以外、後録りの音を重ねたりエフェクトをかけたりしています」

 --編集作業は松丸さん自身がやったのでしょうか?

「パッと聴いてわかる特徴的なところはだいたい自分で、もしくはエンジニアの佐々木優さんと一緒に編集しました。それ以外の細かい調整やミックスは佐々木さんが仕上げてくれて」

 --滲むようにオブスキュアなサウンドからは、いわゆるアンビエント的な要素も感じます。

「あえてアンビエント的な要素を取り入れようとしたわけではなくて、あくまでも自分の活動の中でエレクトロニックな音を併用するという演奏を日常的に行ってきたので、その延長線上にある試みとして今回のようなサウンドになりました。m°feというバンドで(高橋)佑成さん、落合(康介)さんと演奏しているときの感覚も大きいかもしれないです」

CC2022Matsumaru_image05.jpgL)2022 1.4 COTTON CLUB Jazz Momentum - Rising Star - (Photo by Tsuneo Koga)
R)2022 1.8 BLUE NOTE TOKYO Re:COLTRANE II (Photo by Great The Kabukicho)



 --今回ゲストで参加されている石橋英子さんをはじめ、山本達久さんやジム・オルークさんの作る音楽とも通じ合うところがあるように思います。彼らとの交流から受けた影響などはありましたか?

「もちろんそれはとても大きいとは思います。ただ、英子さんや達久さんとはすでに3~4年前から面識がありました。2018年に帰国してすぐの頃、英子さんのライヴを観に下北沢レディジェーンに行って、いろいろとお話しさせていただいて。その後も何回かライヴを観にいきました。達久さんとは"TOKYO LAB 2019"で初めてお会いして、そのときに西田修大+中村佳穂プロジェクトで急遽一緒に演奏したんです。それがきっかけで、その後もライヴに呼んでいただいて共演してきました。なので以前から交流はあったのですが、達久さんや英子さんとは演奏していないときの方が会ってるかもしれないです(笑)。居酒屋に飲みにいくこともありますし、山梨の小淵沢にある"星と虹レコーディングスタジオ"に遊びにいくこともあって」

 --なるほど(笑)。ちなみに、いわゆるアンビエント・ミュージックで愛聴盤などはありますか?

 「いや、実は全然聴かなくて。けれど英子さんや達久さんがバンドキャンプなどで新しくリリースするトラックは欠かさず聴きますね。ジムさんももちろん、ギタリストの日高理樹さんの作品もよく聴いています」

 --特に印象に残っているアルバムはありますか?

「いろいろありますけど、去年の夏にSUPERPANGからリリースされた英子さんの『Tokyo 2021 Variantic』という作品はとても好きな内容でした。30分ぐらいの長さのトラックが1曲だけ収録されていて、サンプリングが多くてエッジの効いた音なんですけど、なぜかずっと聴いていられるんですよね。3~4回ぐらい繰り返し聴いてもまったく飽きないというか、疲れない音だなと思って。それは強く印象に残っています。エッジが効いていながら絶妙に変化していく様子も組み込まれていて、ソングフォームっぽい感じになりつつそれを聴かせるわけでもないという、その感覚が凄いなと」

CC2022Matsumaru_image06.jpg2022 4.13 BLUE NOTE TOKYO EIKO ISHIBASHI BAND SET (Photo by Takuo Sato)



 --石橋さんは今回のアルバムでゲストとして参加していますが、どのような経緯があったのでしょうか?

「英子さんとは去年の暮れから一緒に演奏し始めましたが、その前から山梨のスタジオでもよく会うようになっていました。きっかけとしては、もともと達久さんとマーティ(・ホロベック)と僕の3人で山梨にレコーディングしに行って、まだリリースしていない作品ですけど、4日間ぐらい滞在したことがあったんです。フィールド・レコーディングをしたり、スタジオでいろいろと試したりしていたんですが、そのときに英子さんとジムさんが遊びに来て。それで一緒に音楽を聴いたりご飯を食べたり、とても充実した時間を過ごすことができました。去年11月にはクリスチャン・マークレー展の関連イベントでパフォーマンスがあって、バンドリーダーのジムさんに呼んでいただき、そこで初めてジムさん、英子さんと一緒に演奏することになりました。

 その後、英子さんとはデュオでライヴをしたり、NHK-FMの"セッション2022新春スペシャル"というラジオ番組で二人で20分の即興演奏をしたり、ブルーノート東京の公演に参加させていただいたり、いろいろなところで一緒に演奏して。けれど最初からわかり合えるところがあったというか。初共演するときって、やっぱり初共演ならではの緊張感とかぎこちなさがあるじゃないですか。英子さんとは全然そういう感じがしなかったんです。ずっとお互いの音源を聴いていて音楽的に合うところもわかっていたからか、まるで長く共演してきた相手と一緒に演奏するときのような自然な感覚で共演することができた。その流れで今回、僕の活動の中でカルテット以外のものを作品に取り入れたかったので、それなら英子さんが一番作品との相性がいいと思って声をかけさせていただきました」

CC2022Matsumaru_image07.jpg2022 4.13 BLUE NOTE TOKYO EIKO ISHIBASHI BAND SET (Photo by Takuo Sato)



 --ミュージシャンとしての石橋さんの魅力はどのようなところに感じていますか?

「音楽にまったく嘘がないところです。突き詰めてやっていて、着飾っていない。"こういう聴かれ方をしたい"みたいになにかを狙って特定の感情を生み出すために作っている音楽じゃないんですよね。聴く側にとっては解釈の余地も残されていますし、それでいて英子さんは自分のサウンドを完全に確立していて、やりたいことにはとても忠実。本当に凄いなと思います。そういう意味で僕も英子さんのような作曲家になりたいと思っています」

 --アルバム収録曲の〈フィロラオス〉で石橋さんは歌も担当しています。なぜ歌モノをアルバムに入れることにしたのでしょうか?

「一つは去年から今年にかけて歌と関わる機会が増えたことです。もう一つは前作で"言葉を発することを楽器の音で表現したい"というコンセプトがあったので、今回は逆に"僕の音楽を聴いた第三者が想像する言葉はなんなのだろう"ということについて興味がありました。それを具体的に表したものの一つが歌詞です。なので歌は絶対にアルバムに入れようと思っていました。今回の収録曲はすべて僕自身が作曲してますが、〈フィロラオス〉の歌詞は英子さんに書いていただきました」

 --アルバムでは前作から引き続きBoysの3人も参加されています。彼らとの関わり方に変化はありましたか?

「前作もそうでしたが、石井さん、金澤さん、石若さんの3人にとって多少チャレンジングなものにしたいとは思っているんですね。少し限界を超えたところを目指すことによって、それまで見えてなかったものが見えてくるというか。各メンバーにとってチャレンジングだなと感じる要素を組み込んでこそ想像以上のものが作れると思うんです。もちろん自分にとっても。そういう意味では今回、リミットみたいなものを前作と比べてもっと先まで押した感じはありました。けれどそれができるのはやっぱり3人と密な関係性があるからで、初対面の人や、あまり関係性が深くない人とはできない。石井さん、金澤さんとは世代は違いますが、共有している価値観があるので、ライヴやレコーディングでも一緒にチャレンジングなところに進めるのかなと」

 --10月17日(月)にはコットンクラブでリリース・ライヴを開催します。録音ならではの工夫が数多く凝らされたアルバムですが、ライヴではどのようなパフォーマンスになるのでしょうか?

「もちろんそのまま再現するのは不可能です。ただ、最初からアルバムとライヴは別物だと思っていて、そもそもスタジオで作るときの感覚とライヴで演奏するときの感覚は違うんですね。なのでアルバムの内容をライヴでそのまま再現すること自体にあまり面白味が感じられないというか、ライヴではライヴならではの感覚で音楽を作っていけたらと考えています。作曲されている要素や即興との交え方は基本的にキープしつつ、その場でしかできないことをやっていきたいなと。それとライヴだと空間的な広がりがあるので、エレクトロニクスを使用した際の聴こえ方や絡み方が録音作品とは大きく変わってきます。2セットやりますが、それぞれ全く別物になると思います。ライヴではそのあたりにも注目して聴いてもらえたらと思いますね」

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[後編はこちら]


細田成嗣 (ほそだ なるし)
1989年生まれ。ライター/音楽批評。2013年より執筆活動を開始。『ele-king』『JazzTokyo』『Jazz The New Chapter』『ユリイカ』などに寄稿。2018年より「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを開催。2021年1月に編著を手がけた『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社)が刊行。

RELEASE INFORMATION


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Kei Matsumaru
『The Moon, Its Recollections Abstracted』
(SOMETHIN' COOL)
2022年10月19日発売

LIVE INFORMATION

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KEI MATSUMARU QUARTET
Album Release Tour Final
featuring EIKO ISHIBASHI

2023 2.6 mon.
[1st]Open5:00pm Start6:00pm 
[2nd]Open7:45pm Start8:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kei-matsumaru/

<MEMBER>
松丸契(as,ss,electronics)
石井彰(p,rhodes)
金澤英明(b)
石若駿(ds,per)
【Special Guest】
石橋英子(vo,fl,electronics)



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【コットンクラブ】
KEI MATSUMARU QUARTET

『The Moon, Its Recollections Abstracted』Album Release Live

2022 10.17 mon.
[1st.show] open 5:00pm / start 6:00pm

[2nd.show] open 7:45pm / start 8:30pm
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/kei-matsumaru/

<MEMBER>
松丸契 (as,ss,electronics)

石井彰 (p,rhodes)

金澤英明 (b)

石若駿 (ds,per)
【Special Guest】
石橋英子 (vo,fl,electronics)

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