「現代最高」のドラマー、ジャック・ディジョネット | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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「現代最高」のドラマー、ジャック・ディジョネット

「現代最高」のドラマー、ジャック・ディジョネット

一瞬を大切に、常に高みを目指して。
"現代最高"の称号に裏打ちされた哲学

ジャズや様々な音楽シーンにその功績を残してきたドラマー、ジャック・ディジョネット。生の声を訊けるチャンスの少ない彼だが、今回はヨーロッパツアー中のパリで取材を敢行。貴重なインタビューは、音楽に対して、また自身のライフスタイルにまで及んだ。

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 現代最高のジャズドラマーのひとりとして崇められるジャック・ディジョネット。1942年、シカゴに生まれ、60年代半ばよりキャリアをスタートさせ、これまでマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンをはじめとした伝説的なミュージシャンのサウンドを支え、またキース・ジャレット、ゲイリー・ピーコックとのトリオでも人気を博した。さらに近年は、エスペランサ・スポルディングやライオネル・ルークら、若手世代とも積極的に組んでいる。つねに安住することなくモダンジャズの可能性を追求し続けている彼だが、素顔は物静かでとても謙虚な紳士だ。若い世代と意欲的にプレイし続けることについて尋ねると、穏やかな口調でこう語ってくれた。

「それこそがジャズの伝統でもある。たとえばアート・ブレイキーはつねに若い才能と組んでいた。僕も若い頃、いろいろなミュージシャンのグループに参加させてもらった。チャールズ・ロイド・カルテット、ビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス。そうやって自分もミュージシャンとして成長することができた。それに自分が未知の領域の若い才能と組むことは、つねにインスパイアされ、エネルギーをもらえる。でもそういうエクスチェンジは音楽の世界だけに限らない。あらゆるアート、工芸などもそうだろう。若い世代に何を伝えたいか? 正直言ってわからないな(笑)。プレイしているときはそんなことは考えていないからね。わたしはとくにヒップホップが好きというわけじゃないが、アレステッド・ディヴェロップメントやスピーチのソロなどは好きだ。彼の歌詞にはポエジーがあり、人生が語られている。それにヒップホップは若い観客とコミュニケートできる。ジャズだとどうしても年齢層が上になるが、彼らと組むことによって、若い世代にもアピールできると思う。ビートを掴めば、なんでもプレイすることができるからね」

 現在71歳とは思えないほど若々しさに満ちた彼は、コンサートにも積極的に足を運ぶ。

「最近観たロバート・グラスパー・エクスペリメントはすごく良かったよ。R&B、ヒップホップ、ファンク、ジャズなどが融合していた」

 もっとも、ドラマーというタフな職業ゆえに日常生活での健康管理には気を配っているそうだ。

「ヨガをやっているんだ。ツアー中は十分睡眠や休養を取るようにもしている。あとはよく歩く。時間さえ許せば、ツアーで訪れた街を観光するのも好きだ。いろいろな国で多くのミュージシャンと出会うことは、とても刺激をもらえる。わたしは世界中の多彩な音楽に興味があるんだ。アジア、アフリカ、ヨーロッパ。音楽もクラシックからポップ、ヒップホップ、あるいは民族音楽などさまざまなものを聴いている。音楽とはいわば世界の共通言語であり、お互い影響し合うもの。我々はみんな繋がっているんだ」

 ディジョネットといえば、ドラムンベースのビートの基礎を実践したとも言われる。彼をもっとも革新的なドラマーとして知らしめたのはなんといっても、60年代末から70年代にわたるマイルス・デイヴィスとのコラボレーションだろう。トニー・ウィリアムスの後任として初めて参加したアルバム『Bitches Brew』(1970)ではいきなりロック的なリズムを披露し、その後『On The Corner』(1972)ではファンクに挑んでみせた。ジャズ、ファンク、ロックがダイナミックに混じり合い、自由でエキサイティングなサウンドが続々と生まれたこの時代について、ディジョネットはどんな思いを抱いているのだろうか。

「誰もがいろいろなものを吸収しあって、学び合えた。それは素晴らしいことで、自分もその一部になれたことは本当に誇りに思うし、当時の音楽が今でも聴かれ続けているのはうれしいよ。当時マイルスはいろいろな音楽を聴いていたけれど、ジミ・ヘンドリックスと知り合い、彼の音楽にはまった。だからエレクトリック・サウンドに移行したのも自然な流れだった」

 今まで影響を受けたミュージシャンを挙げたらきりがないそうだが、マイルスから学んだものは、と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「彼は真にレジェンダリーなアーティストだ。自分自身からも共演のプレイヤーからも、つねに最高のものを引き出していた。より高みを目指して、より多くをもたらし、ベストの演奏を求める。その姿勢から学んだものは大きかった。だからわたしはずっとエクスペリメントであり続けたいと望んでいる」

JACK DeJOHNETTE IMAGE
(左)世界に衝撃を与えるプレイはもちろんのこと、ピアノ、シンセサイザー、そしてコンポーザーとしても能力を発揮し、時代を牽引していく。いちドラマーを超えた多才ぶりである。(右)左からキース・ジャレット、ジャック・デジョネット、ゲイリー・ピーコック。キース・ジャレット・トリオの結成は1983年、巨匠3人による、現代ピアノ・トリオの最高峰として語り継がれる。

 80年代以降、社会がコンサバになるにつれ、音楽業界もマーケティングやコマーシャリズムに左右されるようになったのは周知の通り。さらに今日はYouTubeでほとんどなんでも観られる時代とあって、我々はどんどん情報過多になり、何を観ても新鮮な驚きを感じられなくなっていると思いがちだ。だがそんな時代だからこそ、ライヴにおけるエモーショナルな興奮を忘れないでほしいとディジョネットは言う。

「コンサートでは個人のエネルギーが、その場のみんなとシェアされる。それはステージ上で演じているミュージシャンにとっても大きな影響をもたらされるものだ。だからたとえ同じ曲をプレイしても毎晩異なる。ある意味観客だってクリエイティヴになれるということだよ。その場のムードの一端を担っているわけだから。アーティストと観客が一体になったとき、ミュージシャンはより素晴らしいプレイができるし、それによってオーディエンスももっと気持ちよくなれるんだ」

 取材当日はちょうどパリ公演の前日で、丸々オフだったため、午前中のインタビューはそのままランチタイムにゆるゆると移行した。エスニック料理が好きというディジョネットの希望でタイ料理を食べながら、話題は世界的な経済危機から人生の哲学にまで及んだ。

「欧米ではチャリティ・コンサートや、貧しい人々に無料で食事を配るシステムが発達していて、それはとてもいいことだと思う。音楽をはじめアートというものは、我々が何者であるのかということに関係している。ミュージシャンとして長くサバイブする秘訣? 自分のことをケアしながら、一瞬一瞬を大切に生きるということかな。ステージでも同じ瞬間は二度とないからね」

 最後に、今回18年ぶりとなるブルーノート東京公演について語ってもらった。

「メンバーのラヴィ・コルトレーンとマシュー・ギャリソンは、ふたりとも子供の頃から知っていてファミリーみたいなものなんだ。彼らの父(ジョンとジミー)とよくプレイしていたからね。インプロヴィゼーションを取り入れた、サプライズに満ちたものになると思う。とにかく持てるすべてを発揮するよ。日本の観客はとても注意力があってプレイヤーをリスペクトしているのが感じられるから、久しぶりの再会がとても楽しみだ」

 別れ際、いささか照れ気味に「ありがとう」と日本語で言うと、ディジョネットはパリの雑踏に消えていった。

ジャック・ディジョネット
ジャック・ディジョネット 60年代後半よりチャールス・ロイドのグループ等で活動後、69年にマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』に参加。シャープなドラミングが特徴で、キース・ジャレット・トリオ等で多彩なプレイを発揮する。
佐藤久理子(さとう・くりこ)
パリ在住、文化ジャーナリスト。パリを拠点にインターナショナルな映画のインタビューや映画批評を執筆する他、音楽、アートの分野でも取材を手がける。映画サイトのwww.eiga.comでパリ・コラムを連載中。

ショウの見どころ〜
才能溢れるサラブレッドと、新たなジャズに挑む

 ECMレーベルが1978年にリリースした「Terje Rypdal Miroslav Vitous Jack DeJohnette」というアルバムを初めて聴いたときのことを、僕は今でも鮮明に思い出すことが出来る。ドラムンベースやテクノと同質のビートを、70年代にジャック・ディジョネットというジャズドラマーが既に鳴らしていたことに気付かされた僕は、驚きを通り越して、感動さえしたことを覚えている。

 しかし、ディジョネットのキャリアを振り返ると、先述の1978年作のような事例が山のようにあることに気付く。ピアノトリオアルバム「Jackeyboard」をリリースするピアニストでもあるディジョネットの多才ぶりは、楽器の演奏だけに留まらない。1989年の「Zeebra」は、シンセサイザーと即興演奏の組み合わせがポストロックを先取りしているような響きを獲得していたし、自身が率いたスペシャル・エディションの諸作はコンポーザーとしても時代を牽引していた。いちドラマーを超えた多才ぶりは枚挙に暇がない。

 その上、マイルス・デイヴィスとの活動では、独創的なロック/ファンク・ビートで世界に衝撃を与え、キース・ジャレットとのピアノトリオで、スタンダード解釈の限界を突破し続け、常にジャズシーンの中心に君臨し続けている。そのキャリアには驚くほかない。

 そんなディジョネットが、二人のジャズメンを引き連れ、サックストリオで来日を果たす。その二人は、実力もさることながら、その血筋にも注目しなければならないだろう。

 まずは、ラヴィ・コルトレーンを紹介しよう。ジョン・コルトレーンを父に持つラヴィは、父と同じサックス奏者だ。奇才スティーブ・コールマンの元で実力を磨き、近年ではテレンス・ブランチャードやチック・コリアの話題作にも参加、2012年にブルーノートからリリースした「Spirit Fiction」は、ジャズ誌の年間ベストにも多数ノミネートされるなど、高い評価を得たことも記憶に新しい。そして、ラヴィは、同じくコルトレーン一族で、現代のヒップホップ/ビートミュージックの最重要人物フライングロータスとの活動などで、ジャズの枠を越え、その名を轟かせている。

 そして、もう一人がベーシストのマシュー・ギャリソン。コルトレーンを支えたベーシスト、ジミー・ギャリソンを父に持つ彼は、現代屈指のエレキベースの名手として知られる。ラヴィと同じく、スティーヴ・コールマンの下で腕を磨いた後は、ジョン・マクラフリンやジョー・ザヴィヌルら巨匠のサウンドを彩り、時にミシェル・ンデゲオチェロらR&Bシーンでもグルーヴを担ってきた。デニス・チェンバースのアルバムでの超絶的なプレイに驚いたフュージョンファンも少なくないだろう。

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[ジャック・ディジョネット・トリオ]ディジョネットの脇を固めるのはマシュー・ギャリソン(左)とラヴィ・コルトレーン(右)/(ディスク上から)Jack DeJohnette『Sound Travels』、Ravi Coltrane『Spirit Fiction』、Matthew Garrison『12 Months』

 彼らの共通点は、複雑な即興と世界中のリズムと変拍子を織り込んだ現代的なグルーヴをスティーブ・コールマンのもとで学び、それを元にジャズの世界での評価を超えた活動をしてきた点だろう。それは正にディジョネットが歩んできた道と同じベクトルであるとも言える。2012年の「Sound Travel」では、エスペランサ・スポルディングやリオネル・ルエケら若手と共に世界中のリズムに挑戦し、2006年の「Trio Beyond - Saudades」では、トニー・ウィリアムスをオマージュしつつ、ジャズにおけるロックビートを再検証してみせるなど、未だにディジョネットのリズムへの意欲、探究心はとどまるところを知らない。

 才能溢れるサラブレッドと、レジェンダリードラマーが、ブルーノート東京で新たなリズムに、新たなジャズに挑む。彼らのインスピレーションの先にある未知のサウンドに出会えるかもしれない一夜はもうすぐだ。

柳樂光隆
1979年生まれ。ジャズ評論家。ジャズを解放する2000年以降のジャズガイドブック「JAZZ The New Chapter〜ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平」を監修・執筆。

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