【スペシャル・インタビュー】桑原あい | News & Features | BLUE NOTE TOKYO

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【スペシャル・インタビュー】桑原あい

【スペシャル・インタビュー】桑原あい

デビュー10周年を迎えた新世代ジャズの旗手
ピアニスト桑原あいの音楽人生

 新世代ジャズ・シーンを牽引し続けるピアニスト、桑原あい。奔放にして豊潤な表現力、的確な演奏テクニックによって高い評価を得ている彼女は、デビュー10周年を迎えた今年、ライヴ・レコーディング・ツアー「AI KUWABARA THE PROJECT Recording Tour 2022 "The Live Takes"」に挑んでいる。参加メンバーは2017年からトリオを組んでいる鳥越啓介(ベース)、千住宗臣(ドラム)だ。

interview & text = Tomoyuki Mori
photo =Kana Tarumi

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「デビューして10年になって、"いま一番録るべきものは何だろう?"と考えたときに、レギュラートリオのアルバムだなと。『To The End Of This World』(桑原あいザ・プロジェクト / 2018年)もこのトリオが軸になっていたんですが、弦やヴォーカルが入っている曲もあるし、またちょっと違っていて。"私、鳥越さん、千住さんのトリオで1枚作りたい"というのがはじまりですね」

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 当初はスタジオ録音も考えたというのが、さまざまなアイディアを出し合いながら、最終的に"3人でツアーをやり、その演奏音源をパッケージする"ということに着地した。その理由はライヴならではの緊張感、そして、その場所、その瞬間にしか起こらない"爆発"を期待しているからだ。

「ホール録音とか、"森の中で録るのはどうだろう?"というアイディアもあったんですが(笑)、お客さんの前でやる演奏がいちばんいいだろうと思って。特に千住さんは場所によって演奏が大きく変わるんですよ。すごいときは本当にえげつなくて、"人間、ここまでいけるのか"というプレイをしてくれる。鳥越さんはずっといい位置にいて演奏を支えてくれるんですが、やっぱりネジが外れることがあって。それがいちばん人間的だと思うし、今回のツアーでも爆発するような瞬間を期待しているところがありますね」

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2022 4.26 COTTON CLUB
photo by Yuka Yamaji

 ツアーの初日(4/26東京・COTTON CLUB)では、アルバム『To The End Of This World』『the Window』(ai kuwabara trio propject)などの収録曲のほか、デューク・エリントン、ザ・ローリング・ストーンズのナンバー、ミュージカル楽曲なども演奏。「このトリオでやるときは、2割くらい決めて、あとはすべて即興」という言葉通り、奔放で刺激的な演奏を繰り広げた。

「トリオのライヴ自体が久しぶりだったので、感覚を取り戻しつつ。彼らとの演奏はいつもそうなんですが、"そうそう、この感じだよね"ではなく、つねに変化しているんです。今回も演奏しながら曲の解釈が変わったり、"この曲、この角度で見てたっけ?"みたいなこともあったりしてとても有意義でした。私自身いつも変化していたい人間だし、このトリオはやっぱりいいな、と。演奏の内容については、初日はあえて自由な部分をかなり残しておいたんですよ。彼らと演奏すると曲がどんどん大きくなって、10分以上になることも多くて。アルバムには10曲くらい入れたいから、どうやって短くしよう?と思っていますけど(笑)、ライヴを重ねるたびに進化するだろうし、楽しみですね。"ちょっとくらいハミ出してもいい!"という開き直り精神もあります(笑)」

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 幼少の頃から天才エレクトーン奏者として注目を集めていた桑原あいが、オスカー・ピーターソンの名盤『ウエスト・サイド・ストーリー』に衝撃を受け、ジャズ・ピアニストを志したのは中学生のとき。2012年に"桑原あいトリオ・プロジェクト"名義のアルバム『from here to there』でデビューを果たした。"ここからそこに"という題名が示唆する通り、活動の幅を大きく広げ、ピアニスト、作曲家として確固たるポジションを手にした彼女は、「デビューした頃とは音楽に対する考え方がまったく違う。いまはすごく自由だし、そうなるために10年という時間が必要だったんだと思います」という。最初の転機は2015年。モントルー・ジャズ・フェスティバルのソロ・ピアノ・コンペティションに参加した際のクインシー・ジョーンズとの出会いだ。

「それまでは自分を追い込みながら音楽をやっていました。曲作りも1か月くらい人に会わず、夜通し電気つけっぱなしで楽譜と向き合ったり。生活感が音楽に入るのがイヤで、日常と音楽を切り離したかったんです。でも、そんなやり方が続くわけもなく、3枚目のアルバム(『the Window』)の後、1年半くらい曲が書けなくなって。モントルー・ジャズ・フェスティバルに参加したときも、自分の音楽にまったく自信が持てない時期でした。そんな状態でクインシーと会って――会った瞬間に号泣しちゃったんですけど――"とにかくあなたの思う音楽をやりなさい。君に足りないものは何もなくて、ただ生きていけばいい"と言われて。その瞬間、抱えていた葛藤が全部落ちたんですよね。帰りの飛行機のなかで〈The Back〉という曲を書いて、ひどい状態から脱出しました」

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 二つ目のターニング・ポイントは、スティーヴ・ガッド、ウィル・リーとの共演。アルバム『Somehow, Someday, Somewhere』(2017年)のレコーディングのために訪れたニューヨークで彼女は、"楽しんで演奏する"ことの意味を体感したという。

「せっかくニューヨークに来たというのに、食事もできないくらいに緊張していて。スタジオでプレイバックを聴いているとき、スティーヴに"Are you happy?"って聞かれたんです。スティーヴ、ウィルと演奏できるだけで幸せだと思っていたのでそう伝えたら、"それだけでいい。君がハッピーだと感じることをやるんだ"と言われて。私にとってレコーディングは苦しいものだったし、ミュージシャンに対して"何でこれができないの?"なんて詰め寄ったこともあるんです。でも、スティーヴの言葉で"そうか、幸せになっていいんだ"と感じたし、邪念がなくなって、すごく自由になれた。音楽家としての概念を覆されて、生きること自体が楽しくなりました」

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2018 9.22 BLUE NOTE TOKYO
photo by Takuo Sato

 2019年には、スティーヴ、ウィルとともにブルーノート東京でライヴ録音した『Live at Blue Note Tokyo』を発表。世界最高峰のミュージシャンと繰り広げられるプレイは、まさにエバーグリーンな魅力に溢れている。

「(スティーヴ、ウィルのトリオで)ブルーノート東京では2回やっているんですけど、1回目はやっぱり緊張して震えが止まらなかった。でも、あの二人とライヴをやり遂げたことは自信になったし、彼らのグルーヴのなかで演奏することで、リズムに対する意識も大きく変わって。2回目のときは二人の音に入り込む速さも上がったし、すごく楽しかった。録音したのは2回目なんですけど、作品にできたのは本当に良かったと思います」

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 昨年はソロ・ピアノ作品『オペラ』をリリース。ジャズを起点にしながら、ミュージカルやJ-POPなど幅広いフィールドで活動を続けている桑原あい。「もともとトリオをやりたくてジャズ・ピアニストになった。そういう意味では原点でしょうね」という彼女にとって、デビュー10年のタイミングで実現した"The Live Takes"は、きわめて大きな意義を持つことになりそうだ。

「ジャズもポップスもミュージカルも、"どうしたらいい音楽になるか"にフォーカスしていることには変わりはなくて。ただソロやトリオだと、もっと自由を求めてしまうし、そのときの自分がそのまま出てくるんですよね。"The Live Takes"も回数を重ねるごとに完成度が上がるはず。会場に来てくださるみなさんもぜひ、演奏に参加する気持ちで聴いてほしいです」

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森朋之 (もり・ともゆき)
1999年から音楽ライターとして活動をスタート。ポップス、ロック、ジャズなど幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』など。

LIVE INFORMATION

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桑原あい ザ・プロジェクト
Recording Tour 2022 "The Live Takes"


2022 7.2 sat.
[1st]Open4:00pm Start4:45pm [2nd]Open6:30pm Start7:30pm
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/ai-kuwabara/

<MEMBER>
桑原あい(ピアノ)
鳥越啓介(ベース)
千住宗臣(ドラムス)

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