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「サマー・サンバ」など数々の定番で知られるマルコス・ヴァーリと、「二人と海」など幾多の名曲を残したホベルト・メネスカル。ブラジル音楽界の至宝が、ここブルーノート東京で出会う。マルコスはジョアン・ジルベルトを聴いてシンガー・ソングライターを志し、'64年にレコード・デビュー。歌心あふれるメロディ、躍動的なリズムで幅広いファンを魅了している。ホベルトはボサ・ノヴァ草創期からミュージシャン、プロデューサーとして活動し、名花ナラ・レオンとのコラボレーションも絶賛を博した。“ブラジル最高のグルーヴ・マスター”マルコスと、“ミスター・ボサ・ノヴァ”ホベルトの共演。この貴重な一夜を見逃すわけにはいかない。
●ヴォーカル、ギター、キーボード奏者のマルコス・ヴァーリは、1943年9月14日、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ生まれ。幼い頃からクラシック・ピアノを習い、やがてアコーディオンとギターも演奏。エウミール・デオダートやエドゥ・ロボなど、後にブラジルのポピュラー音楽界を揺るがす仲間と少年時代を過ごす。’62年に、エドゥ・ロボとドリ・カイミとトリオを結成し、テレビ出演も果たすなどしてプロの舞台に登場。シンガー&ソングライターのスタンスを押し出し、’64年に初アルバム『サンバ・ジ・マイス』でソロ・デビュー。翌’65年にその名も『シンガー・ソングライター』を出すと、〈サマー・サンバ〉をはじめ収録曲の多くがヒットし、ブラジル音楽界に深くその名を刻んだ。すると、アメリカで活躍中だったセルジオ・メンデスに招聘され渡米。ツアーに同行するなどしてボサノヴァ・ブームの渦中を過ごす。そうするうち、オルガン奏者のワルター・ワンダレイのカヴァーした〈サマー・サンバ〉が、’66年にアメリカでポップ・チャートの1位になるなど大ヒット。収録アルバムも41週に及んでチャート・インする成果を残した。さらに、’60年代末にリリースした『ブラジリアンセル』や、デオダートとの『サンバ'68』も人気を決定づける代表作に。’70年代は、『ガーハ』『プレビザォン・ド・テンポ』などの自作で世界を広げる一方、作曲者としての足場も固め、’70年代後半に再び渡米。サラ・ヴォーンやリオン・ウェアらの大物とコラボレイトした。その後’80年代はアーティスト活動から遠ざかっていたが、90年代になるとロンドンのクラブ・シーンに再認識の気運がわき起こり、その追い風に乗って第一線に立ち返る。’00年に久しぶりのアルバム『ノヴァ・ボサ・ノヴァ』を発表。“インコグニート”のジャン・ポール・ブルーイ・モニックら英国勢の輪を通して、クレモンティーヌの『レ・ヴォヤージュ』にも参加。卓越したメロディ・メーカーの資質で、独創的なブラジリアン・クロスオーヴァーを繰り広げてきた。’01年には、“アジムス”と共演した『エスケイプ』で、音楽誌『ADLIB』の「2001ポピュラー・ディスク大賞」を受賞。以来、スイスのモントルー・ジャズ祭、カナダのモントリオール・ジャズ祭などのビッグ・イヴェントに出演するほか、世界各国でクラブ公演。’06年には全編をインストゥルタメンタルで通した『ジェット・サンバ』を発表するなどして、ファンを心を奪ってきた。最新作は、セルソ・フォンセカとの『パジナ・セントラウ』(Pヴァイン)。ブルーノート東京に出演するのは、’09年7月以来10ヵ月ぶり。
●ギタリスト、作編曲家、プロデューサーのホベルト・メネスカルは、1937年10月25日、リオ・デ・ジャネイロ州とバイーア州に挟まれたエスピリート州のヴィトーリアで、エンジニアと建築士の家系に生まれた。両親の心配をよそに幼い頃から楽器に親しみ、ナイロン弦ギター、ピアノ、アコーディオンなどを演奏。次に、ハーモニーや作編曲のレッスンを受け、バーニー・ケッセルらアメリカのジャズ・ギタリストに傾倒。高校でカルロス・リラと出会うと、ふたりでギター教室をスタート。早々に駆けつけてきた生徒のひとりにはナラ・レオンが、そのレオンを中心にした輪に入ってきた若者には、やがてメネスカルと名コンビとなるロナルド・ボスコリらがいた。’57年半ば頃、そこに独創的スタイルを確立しつつあったジョアン・ジルベルトが現れる。清新なギターと歌に感動したメネスカルは、ジョアンの介添え役になって可能性を探り、自らのプレイ・スタイルを錬磨していった。さらに、アントニオ・カルロス・ジョビンやヴィニシウス・モラエスらの知遇も得て、ボサノヴァ創生の中心円で才能を発揮していく。’60年代に入ってボサノヴァ・ブームが起こると、エウミール・デオダートらの若手と活動し、’62年はN.Y.のカーネギー・ホールで行なわれたボサノヴァ・フェスティヴァルに参加。’63年にインストゥルメンタルによる『A Bossa Nova』を出した後、ギタリスト兼アレンジャーとしての活動にはずみをつけた。’70年代に入ると多彩な仕事ぶりが買われ、ポリグラム・レコードのスタッフに就任。’86年まで約15年間、プロデューサー、アート・ディレクターとして、ブラジル音楽の開発に専念した。84年にナラ・レオンとアルバム制作したのを機に演奏活動に戻ると、ふたりのデュオ・アルバム『Um Cantinho E Um Violao』がヒット。これでボサノヴァ・リヴァイヴァルの先頭に立ち、レイラ・ピニェイロら逸材のメジャー・デビューに手を貸すなど、頭脳派の粋人らしい仕事で第一線に返り咲いた。’90年代はワンダ・サーとのユニットを始め、ボサノヴァ誕生40年の節目になった’98年には日本向けの『エストラーダ・トキオ・リオ』をリリース。日本贔屓が高じて、禅をテーマにしたアルバムも作るなど話題に事欠かないできた。最近の話題作は、ワンダ・サーとの『スウィンゲイラ』(コロムビア・ミュージック・エンタテインメント)、レイラ・ピニェイロとの『Agarradinhos』(EMI/海外盤)、映画『ジス・イズ・ボサノヴァ』のサウンドトラックなど。ブルーノート東京に出演するのは、’07年7月以来2年10ヵ月ぶり。オフィシャル・サイトは「http://www.robertomenescal.com.br/index_html.htm」。
MARCOS VALLE with ROBERTO MENESCAL
マルコス・ヴァーリ・ウィズ・ホベルト・メネスカル
2010 5.25tue.-5.28fri.
[1st] Open5:30p.m. Start7:00p.m.
[2nd] Open8:45p.m. Start9:30p.m.
Marcos Valle(vo, g, fender rhodes)
マルコス・ヴァーリ(ヴォーカル、ギター、フェンダー・ローズ)
Roberto Menescal(g)
ホベルト・メネスカル(ギター)
Patricia Alvi(vo)
パトリシア・アルヴィ(ヴォーカル)
Zé Canuto(sax.fl)
ゼー・カヌート(サックス、フルート)
Mazinho Ventura(b)
マジーニョ・ヴェンチュラ(ベース)
Renato " Massa" Calmon(ds)
レナード“マッサ”カルモン(ドラムス)

●5.24mon. はコットンクラブにて公演
→詳細はコットンクラブ オフィシャルサイトへ
¥8,400(税込)
MARCOS VALLEから動画メッセージが届きました!

1950年代後半、伝説のギター教室がリオ・デ・ジャネイロで開設された。講師はホベルト・メネスカルとカルロス・リラ。生徒にはナラ・レオン、エドゥ・ロボ、そして今回来日するマルコス・ヴァーリ等、後年の天才たちがいた。この教室は先輩ミュージシャンからの注目も集め、あるときはアントニオ・カルロス・ジョビン自ら訪ねてきて、ホベルトをレコーディングに誘ったという。ボサ・ノヴァがいつ、どこで発生したか、誰が始めたかについては様々な意見があるが、このギター教室が重要な“温床”であったことは間違いない。「私にとってボサ・ノヴァは人生そのもの」と語るホベルトと、ボサ・ノヴァ第二世代の筆頭格として不動の地位を確立したマルコス。ブラジル音楽屈指のサウンド・メイカーとして華やかな活動を続ける両者によるステージは、5月の東京にリオのそよ風を運んでくれることだろう。永遠に色あせることのない、美しい旋律の数々に酔いしれたい。


Marcos Valle
http://www.myspace.com
/marcosvallebrazil
Roberto Menescal
http://www.robertomenescal.com.br
/index_html.htm