世界的にますます熱い注目を浴びる日本のジャズ/フュージョン。その歴史と多彩な音楽性を伝えるフェスティバル、JAZZ-FUSION SUMMITの2025年版が、10月25日に行われました。通算3回目となる今回は、場所を日本青年館ホールに移しての開催。レギュラー・ユニットならではの鉄壁のサウンドから、この日限定のスリリングなセッションまで、色とりどりの内容を満喫できました。
プログラムは、ワン&オンリーの進化と発展を続けるT-SQUAREから始まりました。1976年に結成され、78年にアルバム・デビューを飾った、まさに日本のジャズ/フュージョンの歴史を体現するユニットです。2021年以降しばらく、伊東たけし(サックス・NuRAD)と坂東慧(ドラムス)にサポート・メンバーを加える形で活動しましたが、去る5月に、約20年間にわたって共演を続けてきた田中晋吾(ベース)、さらに名古屋大学在学中の22歳・長谷川雄一(キーボード)、同志社大学在学中の21歳・亀山修哉(ギター)を加えた5人組として新出発。70代+40代+20代という組み合わせのグループは、世界の音楽シーンにおいても希少かもしれません。この日、会場に詰め掛けたオーディエンスのなかには、初めてこのラインアップによる演奏を聴いた方も多かったのではないでしょうか。
オープニングはザ・スクェア時代から多くのファンに愛されている大定番「Omens of Love」。類まれなメロディ・メイカー、そしてキーボード奏者であった元メンバーの和泉宏隆が書いた楽曲です。伊東の切れ味の良いNuRADの響き、アクションたっぷりに演奏して会場を盛り上げる田中、見事にまとまったアンサンブルなどいくつもの魅力が一体となって名曲の色あせない力を伝えます。続いて90年のアルバム『NATURAL』からの「Control」をタイトに演奏し、伊東と坂東がリードするMCのパートへ。“パーマネントなバンド”に戻ったこと、そして次世代ミュージシャンを迎えたことが、いかに現在のT-SQUAREを活気づけているか、ふたりの会話からも強く伝わりました。
1年に1点は新作を発表しているT-SQUAREですが、今年は6月に『TURN THE PAGE!』をリリースしました。坂東慧・作曲の「君と歩こう」、亀山修哉・作曲の「Marmalade!」、「Legend of Poker ~Turn the Page~」、長谷川雄一・作曲の「Memories of Spring」は、同作からのナンバー。つい口ずさみたくなるようなメロディ、躍動的なリズム、かっこいい“キメ”の導入がポップ・インストゥルメンタルの気持ちよさを運びます。メロディを奏でるのは主に最年長の伊東たけしなのですが、実に嬉しそうに、生き生きとプレイしているのも印象に残りました。次世代と音楽で語り合うことを心底楽しんでいる感じなのです。そしてラストは、大シグネチャー・ナンバーの「TRUTH」。場内を徹底的に白熱させて、T-SQUAREのステージは終わりを告げたーーーー のですが、暗転のあとも伊東は一人残り、ここからPYRAMIDの鳥山雄司とのデュオへ移ります。アルト・サックスとナイロンストリングス・ギターのデュオで奏でられたのは、和泉宏隆・作曲の「Twilight in Upper West」。T-SQUAREとPYRAMIDの双方で活躍した彼の楽曲ほど、このふたりの語らいにふさわしいものはないといっていいのではと思います。
鳥山がバンドスタンドに残り、そこに神保彰(ドラムス)とGaku Kano(キーボード、ヴォコーダー)が合流して、いよいよPYRAMIDのステージが始まります。1曲目の「Night Flight」は2024年に始まった新曲リリースプロジェクトからのナンバーで、鳥山のウェブサイトでは「80年代の質感を持つサウンドをあえて新たに組み合わせることで、今の時代の空気感にも絶妙にマッチする楽曲に仕上がりました。“PYRAMIDサウンド”の一つの完成形とも呼べる作品です」と紹介されています。まず、極めつけの自信作を満員のオーディエンスに届けた、というところでしょうか。続いては、PYRAMID にとって“終身名誉メンバー”的な存在であるという和泉宏隆ゆかりの楽曲を、彼が遺したトラックを用いて再生。「Moon Goddess」、「Tornado」、「Golden Land」、「Love Infinite」の4連発は、オリジナル・ラインナップのPYRAMIDを知るファン(鳥山、神保、和泉の交友は高校時代までさかのぼります)、再始動後のPYRAMIDを知るファン、その双方の心を揺さぶったことでしょう。8月にOvallをフィーチャーした形でリリースされた新曲「Groove Delight」では、鳥山が“天才マルチプレイヤー”と紹介する(実際、ドラマーとしても数々のバンドで活動中です)東京藝術大学在籍中の22歳・Gaku Kanoのキーボード・プレイがひときわ鮮烈でした。大きな拍手の中、鳥山の軽妙なギター・カッティングから始まったのは「Sun Goddess」。70年代にラムゼイ・ルイスとモーリス・ホワイトがコンビを組んでヒットさせた楽曲であると同時に、数々のカヴァーにも情熱を注いできたPYRAMIDの十八番としても親しまれています。このメロウなグルーヴを耳にして、今後のPYRAMIDの展開がいっそう楽しみになってきたのは私だけではないはずです。
PYRAMIDサウンドの余韻が残る中、神保がひとり残り、T-SQUAREから坂東慧、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロから川口千里を迎えて、トリプル・ドラムによるセッションに突入です。ひとくちに“ドラムス”といっても、シンバルやタムの数、キック(バスドラ)の口径、ボディの色合いなど、まさに各人各様。それぞれの華麗な技、3名の見事に揃った合奏を堪能することができました。
川口が残ったところに、十数名のメンバーが合流し、本年度のJAZZ-FUSION SUMMITを締めくくるブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロの演奏へと移行します。オープニングの「Blue Horizon」はエリックが9月に発表したニュー・アルバム『Blue Horizon』のタイトル・チューンであると同時に、このオールスター・オーケストラのテーマ曲でもあります。雄大な楽想で約9分間、観客を惹きつけた後、アメリカのジャズ/フュージョンの楽曲に新たな光をあてていきます。「Phantazia」はデイヴ・グルーシンが書き、ハーヴィー・メイソンの『Funk in a Mason Jar』やノエル・ポインターの『Phantazia』といったアルバムに収められていましたが、この通好みのナンバーがビッグバンド編成でここまで映えるとは驚きでした。陸悠のアグレッシヴなバリトン・サックス・ソロも実に新鮮です。さらにここから、イエロージャケッツの初期を代表する一曲であろう「Monmouth College Fight Song」の解釈へと移ります。ボブ・ミンツァーが加わる前、まだロベン・フォードがいた頃の、よりフュージョン色が濃かった時期の同バンドのレパートリーが、中川英二郎のトロンボーン・ソロをフィーチャーしながら蘇りました。
続いてはマーカス・ミラー、デイヴィッド・サンボーン両者にとっての重要曲である「Run for Cover」。ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラは彼らと共演したことがありますが、この箇所のMCパートでは特に今は亡きサンボーンとの思い出が語られました。メールでの打ち合わせより会話(電話)で相手の声を聞くことを何よりも大切にしていたこと、アレンジを担当するエリックに“その楽曲に寄せる自分の思い”を熱く伝えたこと、お客さんが入ってくるほんの少し前の時間まで最適のリードを選定していたことなど、プロフェッショナルな音楽人の横顔に触れた思いがしました。そしてこの日の演奏では、本田雅人(アルト・サックス)、川村竜(ベース)のプレイがフィーチャーされました。
21世紀のジャズのひとつの進化系として取り上げられたのは、スナーキー・パピーの「Lingus」。小池修(テナー・サックス)が貫録のプレイを聴かせます。さらに「中学生の頃、初めてブレッカー・ブラザーズのアルバムに出会ったときには本当に圧倒された」というエリックの発言から、「Some Skunk Funk」がプレイされました。先日もランディ・ブレッカー率いるブレッカー・ブラザーズ・リユニオンのブルーノート東京公演で演奏されたナンバーですが、リズムがどんどん変化していくアレンジは、エリック独自の装いが施された、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラならではのもの。エフェクターを通したエリック自身のミュート・トランペットのソロも含めて、歴史的なブレッカー・ブラザーズのヴァージョンに引っ張られていないところが痛快です。
ラストでは出演者が全員登場して、「Don't You Worry 'bout a Thing」が演奏されました。いうまでもなくスティーヴィー・ワンダーが書いたラテン調の名曲ですが、この日はよりファンク色を強めた、インコグニート(9月に開催されたBlue Note JAZZ FESTIVAL in JAPANに登場)の解釈に通じるアレンジが用いられました。3人のドラマー、15人の管楽器奏者を含むサウンドは、ダイナミックそのものです。今年もJAZZ-FUSION SUMMITは大成功のうちに幕を閉じました。
Text:Kazunori Harada
Photo:Tsuneo Koga