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[インタビュー|OFFSTAGE]大西順子

[インタビュー|OFFSTAGE]大西順子

デビュー当時の理想の自分はサイドマンでした。

 バークリー音楽大学を卒業してプロとして活動を始めて30年。ピアニスト、大西順子はミュージシャンから求められるサイドマンとして演奏するイメージでキャリアを重ねてきた。

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「毎日予想外のアプローチがあって、ジャズってこういう音楽だったわよね! とちょっと懐かしく、そしてとても刺激的な時間を楽しんでいます」

 2月に3日間6公演行われた大西順子 presents JATROIT featuring ロバート・ハースト&カリーム・リギンスの最終日、開演前に大西は言った。

「ふだん一緒に演奏している日本人ミュージシャンのよさは、毎回同じようにきちんとやってくれること。一方、カリームやロバートは毎回違う演奏なのが魅力です。私が作曲した『GOLDEN BOYS』も菊地成孔さんの『GL/JM』も、日本人ミュージシャンとは異なるテイスト。しかも、ビートが太い。あれほど正確に、太いタッチで1拍半を演奏できるなんて。カリームとロバートだからこそ」

 2人はデトロイト出身のミュージシャン。ジャパニーズの大西とのトリオなので"JATROIT"。このトリオ名は、カリームのアイデアだという。

「日本のリスナーの間では、ジャズはニューヨークのイメージかもしれません。でも、ロサンゼルスにも、フィラデルフィアにも、デトロイトにも、優れたミュージシャンはいます。デトロイトにはかつて、マーカス・ベルグレイヴというトランペット奏者がいました。レイ・チャールズのバンドで演奏していて、やがてデトロイトでジャズを広めるようになった人です。その流れにカリームたちもいます」

 大西は、ボストンのバークリー音楽大学を卒業し、プロとして演奏を始めて30年。31年目を迎えたブルーノート東京とほぼ同じ時代を歩んできた。 「ブルーノート東京は、オープン当初から自分のリーダーグループでもサイドマンとしても演奏してきました。今ではホームのように感じています。1980年代の日本には、ステージのないジャズクラブが多かったんですよ。演奏者と客席が同じ高さだった。だからステージがあるこのクラブは画期的でした」

 プロとして演奏を始めた1980年代の大西は、実はサイドマン志向が強かったという。

「サイドマンはふつう、ミュージシャンから直接コールされます。演奏する能力が評価される存在です。若いころの私はミュージシャンに認められるミュージシャンになりたかった。一方リーダーは、必ずしも音楽だけの評価ではなく、ビジネス的な判断も大きいですよね。だから、サイドマンが理想像でした。今思うと、若かったからこその考え方ですけれど。でもね、30年前に私が拠点にしていたニューヨークにはまだ東洋人の女性ピアニストが珍しく、まだまだ仕事がしっかりできる土壌ではなかったんです」

 リーダーアルバムを録音して華やかなように見えても、心の中は悶々としていたという。

「リーダー作ではサイドマンでは要求されない類の音楽をやって、受けました。ギャラも悪くなかった。それで、つい次のオファーも受けた。これでいいのかな? と思っている時期が長く続きました。実は、まだもがいています。理想の演奏に少しでも近づくために」

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Photo by Tsuneo Koga

JUNKO ONISHI presents JATROIT
featuring ROBERT HURST & KARRIEM RIGGINS
2019 2.16 - 2.18
大西順子(おおにし・じゅんこ)
1967年、京都生まれ。バークリー音楽大学卒業。93年、『ワウ WOW』でアルバム・デビュー後、N.Y.の名門ジャズクラブ<ビレッジ・バンガード>にて日本人で初めてリーダー公演を行う。以降、トップ・ピアニストとして日本のジャズ・シーンを牽引する。

photography = Hiroyuki Matsukage
interview & text = Kazunori Kodate

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